Side Eldo
―― お前はきっと知らないだろうな。
俺が、本当はお前以上の寂しがり屋であることも。
お前が俺の方へ伸ばしてくれた手を取ってしまいたいといつも思っていることも。
そうしてしまえたら楽だろうな、と思っていることも。
だけど、ああ、それで良い。
どうか、知らないままで居てほしい。
その方がきっと、俺にとってもお前にとっても、良いだろうから。
***
この世界には、魔力が満ちている。
その影響で起こることは計り知れない。
例えば、死んだ人間と生きた人間が話す機会が出来る、とかな。
生きている人間が命の危機に晒された時、所謂"あの世"と”この世”が繋がってしまうことがある。
その時にほんの短い時間だけだけれど、俺達(死んだ人間)は、生きた人間と会話が出来ることがある。
それを喜ぶ人間の方が多いのだろうか。
厭う人間が多いだろうか。
……俺は、何方なのだろうか。
そう思いながら、眼前に立つ"かつての"相棒の姿を見つめる。
頬に一筋、赤い傷。
血に汚れた騎士服。
それに一瞬背筋が粟立つのを感じるのは、俺自身の死因に重なって見えるからだろうか。
また来ちまったよ、と苦笑する相棒(シスト)を見て、苦笑を漏らす。
いい加減にしろよな、と呆れた声を出してやれば、彼奴は泣きそうな顔で笑って。
どうせ騎士としての仕事の中で、怪我をしたのだ。
彼奴のことだ、仲間を守ってなのだろう。
相変わらずだな、と笑ってやれば、彼も照れくさそうに笑う。
背も伸びず、見た目も変わらない俺。
"あの頃"より幾らか背が伸びた彼奴。
きっとこの差はどんどん広がっていくばかりだ。
仕方のないことだと理解はしているけれど、やはりそれは少し寂しいものではあるなぁ、なんて思ったりして。
「なあ、エル」
静かな声で、名前を呼ばれた。
見れば、彼奴は泣きそうな顔をして、俺の方へ手を伸ばす。
もう良いだろう?といっているような気がした。
そちらへ行きたい、俺の方へ行きたい、と。
彼はそんな想いを込めて、俺の方へ手を伸ばす。
……その手を掴みたいと、一体何度思ったことか。
その手を"此方側"へひいてしまいたいと何度も思ったことか。
だって、そうすれば。
そうすれば、また、一緒に過ごせるじゃないか。
……置いてきぼりにならずに済むじゃないか。
仲間と笑いあって、俺のことを上手に過去にしていく彼奴を見ないで済むじゃないか。
そう、心の隅で何かが囁く。
けれど。
俺はその手を、わざと躱す。
触れてしまったら、取り返しがつかない気がして。
ショックを受けた表情の彼を見つめたまま、首を振る。
「まだ駄目だ」
此方に来てはいけない、と告げる。
その言葉に彼奴は眉を下げる。
泣きそうな顔をしている彼奴は、あの頃とあまり変わらない。
……俺自身の、最期の時を思いだす。
俺の手を必死に握って叫ぶ顔を、声を。
嫌だ、と泣き叫ぶ声を。
正直、死ぬことは怖くなかった。
ただ、眼前に居る此奴がどうなるか、ってそれだけが心配で。
泣き虫で、責任感の強い彼奴のことだ、きっと引きずってしまうだろう。
俺が死んだことで彼奴を責めるような家族が居なくて良かったとさえ思ったよ。
だから、精一杯。
泣きもせず、冗談だって言ってやったのに。
なぁ、シス。
「お前は、まだこっちに来ちゃ駄目だって」
何度も言ってるだろ?
そう言って笑ってやる。
……なぁ、シス。
いい加減に聞き分けてくれないか?
俺だって、何も思わないでこんなことしてる訳じゃないんだぞ?
「……どうして」
その声に、頷いてしまいたくなる。
「どうしても」
お前の手を引いて、もう良いよ、っていってやりたくなるから。
だって、そうだろ。
お前は俺のことを"最高のパートナーだ"といってくれる。
俺だって、そう思ってるんだ。
そんなお前を此方に連れてきたいのは、当然だろ?
だけどそれはしない。
彼奴には、まだ守らないといけないものがたくさんある。
彼奴を思ってる人間がたくさんいる。
俺一人の我儘で彼奴を此方に連れてくるなんて、できないさ。
だから俺は笑うんだ。
俺が泣いたら、彼奴はきっと俺のために此方へこようとする。
俺が拒んでも、俺の手を取ってしまう。
だから、俺は。
突き放して、彼方側へ還して。
振り向かずに帰れといって。
繋ぐことさえできない手を下ろして。
―― また会えますようにと願うほかないのだ。
―― ただ、ひとつ願うのは ――
(また会えるように願うくらいは、赦されるだろう?)
(出来ることならば、ずっとずっと遠い未来で)