ピープルが使えないので代理アップ。
強い風が吹き抜ける。
自然に吹いたものではない、魔力で巻き起こった風だ。
一つ息を吐き出したケイローンは、背後から迫る気配に振り向いて、その攻撃を躱した。
刹那、鋭く空を切る音が響く。
ち、と舌打ちした"敵"は、猫のような金の瞳を細めて、緩い笑みを浮かべた。
眼前に居るのは悪魔……エビル。
鋭い鉤爪を手にはめた彼は、執拗にケイローンに向かって、攻撃を繰り出していた。
普段の彼(エビル)は決して、"仲間"に危害を加えるような者ではない。
悪魔ではあるものの、無暗に人間に手を出すような悪魔ではないのだ。
そんな彼がこうして、仲間であるはずのケイローンを攻撃している理由。
それは、未だ不明なままだった。
ついさっきまでは、いつも通りの日常だった。
そんな中、不意に響いた悲鳴。
それを聞いて駆け付けたケイローンたちは、驚くべきものを目にした。
城の騎士に襲いかかる、エビルの姿。
そして、その傍には城を訪ねてきていた荒錵、エビルの仲間であるディスカの姿もあって。
彼らもまた、近くにいる人間たちに、武器を向けたり、魔術を使ったりしていたのだ。
何が起きたのかと混乱するより先、ケイローンは良く通る声で、騎士たちに避難を促した。
そして自身は、エビルたちの方へ駆け寄る。
「一体どうしたというのですか!」
彼の鉤爪を弓で払いつつ、ケイローンは彼を見つめる。
ぎらつく、金色の瞳、荒い呼吸。
揺らぐ瞳から、正気は感じられない。
何が起きたのかはわからない。
しかし、一つ言えること。
これは、彼の意志ではないということだ。
「ケイローン!」
「先生!」
響いたのは、アヴィケブロンとアキレウスの声。
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのだろう。
アヴィケブロンはゴーレムで荒錵の魔術を防ぎ、アキレウスも槍でディスカの攻撃を受け止めている。
「ははははッ、楽しいなぁ、楽しいな!悪魔の本質は、争うことだ、なぁ、そうだろう?」
ディスカは笑いながら大きな剣を振り回している。
その傍では狼……ミーレスが吠えている。
その度、周囲で炎が噴き出す。
「もう他の騎士たちは逃げましたね?」
「あぁ、逃げたはずだ!」
弱い者を追おうとする悪魔たちを留めて、何とか逃がすことが出来た。
それを聞いて、ケイローンは小さく頷く。
「マスター!」
「既にやっていますよ!」
ケイローンに何を要求されるのかはわかっていたのだろう。
呼ばれた当人……フランソワはそう応じる。
彼らがいる空間と騎士たちがいる空間との間に、強い障壁を張る。
そうすることで、悪魔たちがそちらへいくことも、戦っているケイローンやアキレウスたちの攻撃が拡散してしまうこともない。
これで、存分に戦える。
それを理解した三人は、各々の"敵"に向きあった。
まるで、地獄のような光景。
荒錵が作りだした氷が地面から度々つきだし、周囲は冷気に包まれる。
そうかと思えば、ディスカやエビルがはなった炎が辺りを取り巻き、視界を奪うのだ。
相手は、三人とも悪魔。
各々に、強力な力を持った悪魔なのだ。
上手く、騎士たちを逃がすことが出来て良かった、とケイローンは安堵する。
幸いなことに、死傷者は出なかったらしい。
後は、この事態の終息方法を考えるだけだ。
そんなことを考えていた時。
危ない!と声が飛ぶ。
ケイローンは身軽にその場から離れ、それと同時に地面からつきだした氷柱が、ケイローンを庇おうとしたらしいゴーレムを砕いた。
「くそ、僕のゴーレムをただの泥人形のように砕くとはな」
アヴィケブロンは眉を寄せ、つぶやくようにいう。
並の攻撃では壊れないように作られているはずのそれが、いとも簡単に破壊される。
それはきっと、魔力の持主……荒錵の強さ故、なのだろう。
当人は緩く、笑みを浮かべる。
「君こそ、ただの氷みたいに砕くなんて……正直、シビれるよ」
笑う彼の瞳にもやはり正気の色はない。
一体何が起きているのか。
ケイローンは荒く息を吐き、考える。
相手が魔獣ならば、方法は単純だった。
全てを矢で射抜けば良い。
或いはアヴィケブロンのゴーレムで、アキレウスの槍で殺してしまえば良い。
しかし今は、状況が違う。
彼らが意思をもって自分たちを襲っているなら、そうすることも吝かではないが……どうやら違うようなのだ。
危険だからと殺してしまう訳には、いかない。
彼らにも、大切に思う者はいるのだから、余計に。
「ケイローン、君も弓兵なら後方に下がっていろ。
君の弓術ならば、距離は関係ないだろう」
アヴィケブロンは新たなゴーレムを生み出しながら、ケイローンに声をかける。
「それなら、幾らすぐに砕かれるとはいえ、刹那の隙は生まれる……その隙を逃す君ではあるまい」
ゴーレムで荒錵の攻撃をとどめたその隙に攻撃してくれと、彼は言う。
ケイローンはそれを聞いて、力強く頷いた。
「ええ勿論。頼みましたよ、アヴィケブロン!」
とにかく、この猛攻を止めるのが最優先だ。
何が原因にせよ、このままずっと戦い続けることは出来ないのだからとりあえずは、と彼は距離を取ろうとする。
荒錵はそんな彼らのやり取りを聞いて、小さく笑った。
「ははっ、まさかそんなに上手く事が運ぶと思っているのか?」
そういいながら、彼は赤に染まった瞳を細める。
その声と迫る気配にはっとすると同時、再び鋭い鉤爪が、ケイローンを襲った。
ぎりぎりで躱せば、鉤爪が地面を抉る。
その持主はくつりと笑った。
「相手してくれないたぁ、寂しいじゃねぇか」
なぁセンセ?
そういって笑う、エビル。
ケイローンは再び襲いかかってくる彼を防ぎながら、呟いた。
「ッ……そうでしたね、相手は一人では、ありませんでしたか……」
いっそ相手が一人なら、簡単だった。
或いは、相手が複数でも、もっと弱ければ数で押しきれただろう。
しかしそれができないのが、何より痛い。
今は、各々攻撃を止めることが出来ている。
しかしそれもいつまでもはもたないだろう。
ケイローンとアキレウスはともかく、アヴィケブロンは自分自身で戦うことはできないし、なるべく早く決着をつけなくては。
そう思いながらケイローンは視線を巡らせる。
その視界の端、アキレウスと向き合うディスカが目に留まった。
一瞬よぎった、"予知"。
そこに映るのは、彼が手にしている……
「アキレウス、その剣です!」
短く、指示を飛ばす。
それと同時に、ケイローンはエビルから距離を取った。
すかさず追おうとしたエビルをアヴィケブロンが出したゴーレムが押しとどめた。
アキレウスも、師の言葉に頷いた。
ディスカが手にしている剣。
それに注視すれば、確かにそれはまがまがしい魔力を放っていて。
「壊す……のはともかく、引きはがすか!」
アキレウスはそう呟いて、強く彼の剣を払う。
華奢な見た目の割にディスカもなかなかに強い。
ケイローンは拮抗する彼らの様子を見て目を細めると、矢を番えた。
アヴィケブロンもアキレウスも、これに巻き込まれるほど弱くはない。
マスター(フランソワ)も見ているはずだから上手くすれば障壁を張ってくれるだろう。
それにそもそも、殺すつもりで当てる矢でもない。
一瞬、ほんの一瞬でも三人を怯ませることが出来れば良い。
アキレウスの素早さと力ならばきっと、出来るだろう。
仲間への信頼。
愛弟子への信頼。
それらを胸に、ケイローンは矢を放った。
***
矢の雨がおさまる。
幸いと、仲間にも怪我はなさそうだ。
そして、悪魔たちは……動きを止めていた。
「う、……なん、だ」
掠れた声を漏らしたエビルが、その場でふらつく。
荒錵も荒く息を吐いて、周囲を見渡している。
凍り付く周囲。
それをしでかしたのが自分であることは一瞬で理解でき、しかし何故そうなったのかは理解出来ない。
故に、混乱しているのだろう。
アキレウスは槍を引く。
そんな彼の足元に、ディスカが手にしていた大剣が転がっていた。
持主……ディスカは丸い黒の瞳を瞬かせている。
「え、なんだこれ」
何があった?
そう呟く彼もまた、ここ数刻の記憶が曖昧らしい。
「ふぅ、やれやれだな……」
危なかった、とアキレウスは呟いて、足元の剣に手を伸ばしかける。
それを見たエビルははっとして声をあげた。
「それに触んな!」
その声にアキレウスも手を止める。
アヴィケブロンもケイローンも警戒を解かぬまま、エビルの方を見た。
エビルは荒く息を吐いて、言う。
「ディスカの剣は、アンドラスとしての力の象徴みたいなもんだ……
何が原因かは俺たちもわからねぇが、その魔力に同調して、この惨状の原因になったんだろ……」
もう敵意はねぇし正気だよ。
そういって、エビルは自身の武器である鉤爪を消した。
荒錵も苦笑まじりに肩を竦める。
ディスカは足元の剣を拾い上げて、軽く振った。
「何でだろな、一応コントロールはそれなりに利くはずなんだけど」
ごめん、と呟く彼は何処かしゅんとした様子だ。
何が原因なのかはつきとめなければならない。
しかし、とりあえずは……何とかなったらしい。
大事故にならなくて、良かった。
そう思いながらケイローンはそっと息を吐き出した。
「とりあえず、ある程度何とかして、部屋に戻りましょう」
各々、消耗しているでしょうし。
そう呟く彼の言葉に皆頷く。
騎士たちがざわめく声も、遠くに聞こえる。
彼らにも、事情を説明しに行かなければ。
また、恋人……コーラルには無茶をしないでと説教されるのだろう。
ケイローンはそう思いながら少しだけ、表情を緩めたのだった。
―― Devil and … ――
(敵が本当に敵ならば、迷いなく戦えた)
(しかし、"殺さないように戦う"というのは、なかなかに困難なもので)
2019-2-25 13:57
前の記事へ
次の記事へ
comment
カレンダー
アーカイブ
- 2023年8月(1)
- 2023年7月(1)
- 2023年5月(2)
- 2023年3月(2)
- 2023年2月(3)
- 2023年1月(3)
- 2022年12月(1)
- 2022年11月(3)
- 2022年10月(4)
- 2022年9月(1)
- 2022年8月(1)
- 2022年5月(2)
- 2022年4月(1)
- 2022年3月(2)
- 2022年1月(1)
- 2021年12月(2)
- 2021年9月(6)
- 2021年7月(4)
- 2021年6月(2)
- 2021年5月(1)
- 2021年4月(1)
- 2021年3月(1)
- 2021年2月(1)
- 2021年1月(1)
- 2020年12月(2)
- 2020年9月(3)
- 2020年6月(5)
- 2020年5月(2)
- 2020年4月(2)
- 2019年12月(3)
- 2019年9月(5)
- 2019年8月(9)
- 2019年2月(1)
- 2018年12月(2)
- 2018年10月(1)
- 2018年6月(3)
- 2018年3月(3)
- 2018年2月(1)
- 2018年1月(1)
- 2017年12月(1)
- 2017年11月(1)
- 2017年10月(2)
- 2017年9月(1)
- 2017年7月(1)
- 2017年6月(1)
- 2017年4月(3)
- 2017年3月(1)
- 2017年2月(7)
- 2017年1月(12)
- 2016年12月(6)
- 2016年11月(4)
- 2016年10月(4)
- 2016年9月(6)
- 2016年8月(3)
- 2016年7月(6)
- 2016年6月(3)
- 2016年5月(2)
- 2016年3月(2)
- 2016年2月(1)
- 2016年1月(24)
- 2015年12月(73)
- 2015年11月(66)
- 2015年10月(83)
- 2015年9月(86)
- 2015年8月(47)
- 2015年7月(59)
- 2015年6月(66)
- 2015年5月(64)
- 2015年4月(72)
- 2015年3月(55)
- 2015年2月(60)
- 2015年1月(75)
- 2014年12月(62)
- 2014年11月(82)
- 2014年10月(79)
- 2014年9月(102)
- 2014年8月(130)
- 2014年7月(151)
- 2014年6月(121)
- 2014年5月(113)
- 2014年4月(58)
- 2014年3月(68)
- 2014年2月(90)
- 2014年1月(98)
- 2013年12月(113)
- 2013年11月(93)
- 2013年10月(87)
- 2013年9月(60)
- 2013年8月(104)
- 2013年7月(136)
- 2013年6月(106)
- 2013年5月(92)
- 2013年4月(96)
- 2013年3月(117)
- 2013年2月(91)
- 2013年1月(61)
- 2012年12月(85)
- 2012年11月(59)
- 2012年10月(42)
- 2012年9月(48)
- 2012年8月(24)
- 2012年7月(16)
- 2012年6月(13)
- 2012年5月(37)
- 2012年4月(12)
プロフィール
性 別 | 女性 |
年 齢 | 29 |
誕生日 | 7月27日 |
地 域 | 静岡県 |
系 統 | おとなしめ系 |
職 業 | サービス |
血液型 | AB型 |