降り注ぐ雨が傘に当たり、ぱらぱらと小さな音を立てる。
ぬかるんだ地面を踏み、すすむ先。
そこには小さな墓地があった。
抱えているのは白いクチナシの花束。
ぱちゃり、と小さく水たまりを踏んで、長い淡水色の髪の男性は一つの墓石の前で足を止めた。
雨水でか、或いは先に来た誰かが綺麗に手入れをしたのか、綺麗な墓石。
そこに刻まれている名前はかつて愛した人間の名だった。
既に花もたくさん供えられている。
彼が好きだった、紫陽花の花。
淡い色の薔薇の花はきっと……昨日少しの間姿が見えなくなったという女王が供えたものだろう。
そう思いながら彼……カルセは自分が抱えてきたクチナシの花を供えて、すまなそうに眉を下げた。
「遅くなってしまって、すみません」
クレース。
そう彼の名を紡いだ彼はそっと、濡れた墓石を撫でた。
彼がいなくなってから、大分経つ。
もうすぐ、彼が生きた時間の倍の年齢になってしまうな。
そんなことを思いながらカルセはふ、と笑みをこぼした。
優しい気質だった彼はきっと、今此処に立っている自分を見て心配することだろう。
カルセはそう思う。
―― カル、濡れちゃうよ!!
そういって頬を膨らませる様が、容易に想像できる。
そう思いながら、カルセはそっと藍色の瞳を細めた。
「貴方に会いに来るのも、簡単ではありませんからねえ……
私ももう自由に仕事をしているとはいえ……ね」
騎士として、いつも彼と一緒に居た時とは大違いだ。
そのころはいつだって傍に居たというのにね。
そんなことを言いながらカルセは一度傘を持ち直した。
ぱらぱらと雨の音。
それにくすくすという彼の笑い声が混ざって聞こえるのはきっと、そんな経験があるからだろう。
そう思いながらカルセは一度、濡れた前髪を軽く払った。
彼がいなくなったばかりの時は辛かった。
周囲に悟られないように、隠し通してはいたけれど……
一番大切にしていた人間を失えば、辛い。
他人の前では決して泣かなかった。
辛いそぶりも見せなかった。
けれども……
また誰か大切な人間を作ろうとは、思えなくて。
友人として親しくあることも、不安に思ってしまった。
失った時の恐怖を、苦痛を考えるとどうしても尻込みしてしまって。
「貴方にも、きっとたくさん心配をかけたでしょうね」
そう呟く。
それと同時。
「ほんとにな」
そんな声がすぐ後ろで聞こえた。
はっとして振り向けばそこには見慣れた茶髪の男性……かつての相棒の姿があって。
カルセはそれを見て驚いたように藍色の瞳を瞬かせる。
それから、ふっとそれを細めて、言った。
「貴方も、きてくれたのですね」
「当たり前だろ、お前の恋人である以前に俺の友達でもあるんだからさ」
そういって笑う男性……スファル。
カルセは彼の言葉に嬉しそうに微笑んで、言った。
「そうですね」
「……もう十年以上になるんだよなぁ」
俺たちも年取ったよ。
そう呟くスファル。
カルセはくすりと笑って、頷いた。
「そう言ったことを言い出すあたりが、そうですね」
「……爺臭いっていいたいか?」
喧嘩なら買うぞ、と言いながら片眉を吊り上げるスファル。
カルセは緩く肩を竦めて、言った。
「そうですね。気持ちだけでも若くいないと」
「……お前は確かに化け物じみて若く見えるよ」
ったく、と言いながらスファルは苦笑する。
そんな彼を見て、カルセは微笑みながら、一つ息を吐き出して、言った。
「でもまぁ……こうして変わらず、貴方たちと交流があることが、私は嬉しいですよ」
「それは俺も思うよ。元気そうで何よりだ、カルセ」
そういって笑い、スファルはぽんとカルセの肩を叩いて、言った。
「この後どうだ?久しぶりに酒でも」
「そうですねぇ……今日は、仕事もないですし。
折角ですからリスタも誘いませんか?」
「お、いいな!」
そうして話して笑う。
かつて、騎士団に居た頃と変わらぬ表情で、声音で。
―― あぁ、変わらないものがあるというのはありがたいことだ。
そう思いながらカルセは穏やかに表情を綻ばせていたのだった。
―― 変わること、変わらないもの ――
(大切なものがなくなることを恐れた。
大切なものが変わってしまうことを恐れた)
(確かに変わるものもある。
けれども、確かに変わらないものもあって…)