唐突に書きたくなったシスとフォルのシリアスなお話です。
シストはうちのメンツのなかでかなりメンタルが弱い子なのでこういうこともありうるかなぁと…
忘れてしまうことが怖い。
そう思ってるシスちゃんを書きたかったのでした。
そしてフォルは…
どうにもああいうのを操るのが得意というか、好きな子なので…
こういうシリアスヲたまにやりたくなる星蘭でした!
そんなわけで追記からお話です!!
しんしんと、雪が降り積もる。
は、と息を吐き出せばそれは即座に白く凍って、煙のように空に昇る。
人々が立てる音を吸い取って消してしまう雪。
その上を歩きながら、紫髪の少年は空を見上げた。
冷え切った空気に磨かれた星は煌めきを増している。
冬の星の方が綺麗だといっていた相棒はもう隣にはいない。
二年が経った。
とっくにこの状況には慣れたはずなのに、時折思い出して、切なく、苦しくなる。
隣に視線を投げても誰もいない、夜の時間は殊更に。
別に今の状況に不満を覚えている訳ではない。
新しい相棒は"彼"のように優しくはないのだけれど、自分のことを思ってくれているのはよくわかる。
あの時と変わらない上官は相も変わらず部下たちにからかわれながらも自分たちのことを守り、支えてくれている。
仲間は優しく、日々は楽しく、世界はきっと、美しい。
けれども……ふとした時に、"彼"のことを思い出してしまうのは、事実だ。
居なくなってしまった、もう二度と会えない、かけがえのない相棒。
人は、亡くなった人間の声から忘れていくという。
だから彼は、シストは、何度も何度も反芻した。
彼と、エルドと過ごした日々を。
初めて出会った日。
初めて派手な喧嘩をした日。
仲直りをした日。
一緒に出掛けた場所と、その時のやり取り。
おぼえていようとした。
忘れないようにと必死に思い出した。
彼のことを忘れないように。
彼のことを、覚えていられるように。
しかし……
確かに少しずつ、少しずつ、忘れていってしまうのだ。
あの時、彼は何といっていた?
あの時、彼はどんな顔をしていた?
あの時は?あの時は……――
シストにとって、それはあまりにも恐ろしいことだった。
かけがえのない相棒のことを忘れてしまう。
彼が、"過去の"人間になってしまうことが……
「忘れたく、ない……」
そう呟いた声は、雪に吸い込まれて消える。
誰もいない、真夜中の雪の中庭に佇む彼は酷く弱弱しかった。
と、不意に足を何かに取られた。
ばさり、と音を立ててシストは転ぶ。
雪は柔らかく、痛みはない。
ひんやりとした冷たさが体を包んで、冷やしていく。
「風邪ひいちゃうよ」
聞こえた声にシストははっと目を見開く。
体を起こして視線を巡らせれば、すぐ近くに立っている、一つの気配。
その声は聞き覚えがあった。
「幾ら君が氷属性魔術使いでもさ。
というか僕は寒くてたまらないから早く起きてよ」
もう少しあったかい場所で話をしようよ。
そういいながら苦笑しているのは……亜麻色の髪にサファイアの瞳の、堕天使で。
「っ、フォル……てめえっ」
よく、知っている。
彼は、自分の今の相棒であるフィアの兄……フォル。
かつて、フィアを連れ去り、自らの力にしようとした、邪悪な堕天使だ。
見た目こそ、フィアによく似ている。
それどころか、フィアよりも余程愛想がよく、愛らしくもある。
しかし……その実、彼は悪魔らしく残忍で、恐ろしい性格なのだ。
警戒した表情を浮かべるシスト。
それをみて、フォルは肩を竦めた後、手をあげた。
「そんなに警戒しないでよ。
僕は君に危害を加えに来た訳じゃないんだから」
それならもっと上手くやるさ。
そういうフォル。
シストは顔を顰めながら、その青年を睨みつける。
フォルはそんな彼を見てやれやれといわんばかりに首を振った。
そのまま、雪に沈んだ彼の腕を掴んだ。
「もぅ……怖いなあ。
とりあえず、もう少しあったかいとこに行こうよ」
彼はそういうと同時に、シストの腕を引っ張って起こす。
そのまま勢い任せに彼の腕を掴んだまま、空中に浮かび上がる。
「うわっ!?」
悲鳴じみた声をあげるシスト。
フォルは彼を見てにこり、と笑うと、そのままに空間移動術を使った。
***
空間移動術直後の頭が揺れる感覚にシストは耐える。
体を包むのは、暖かな空気。
目を開ければそこは、静かな部屋。
暖炉がぱちぱちと音を立てている。
ふぅっと息を吐き出したフォルはシストを地面に降ろして、言った。
「さ、話をしよう」
「何の話だよ」
顔を顰めるシスト。
フォルはそれをみて苦笑しながら、言った。
「君の願いについてさ」
「俺の、願い……」
びくり、と大袈裟なほどに体が跳ねた。
それをみてフォルは口角を上げる。
そして小さく首を傾げながら、言った。
「思ってただろう君、あの子に帰ってきてほしい、って」
エメラルドの瞳の少年に。
そんなフォルの言葉にシストはひゅっと息を飲む。
咳き込みそうになるのを耐えれば、フォルは微笑み、そっとその頬に触れてきた。
手を、払わなくては。
ふり払わなくては。
そう思うのに、体が動かない。
フォルはそんな彼の手をそっと、握る。
大きく目を見開く彼を見つめながら、彼はサファイアの瞳をゆっくりと細めて、歌うような声で言った。
「君は彼と共に過ごしたいと願っているだろう?
別にフィアのことを嫌っている訳ではないけれど、彼に……かつての相棒と共に過ごしたいと思っている。
隠す必要はないさ、誰しも感じる当たり前の感情だもの」
死んだ人に会いたい。
それは人間として普通の感情さ。
柔らかな声でそういう堕天使はするり、シストの頬を撫でる。
ふ、と微笑む表情は、きっと、あの無愛想な男装騎士が笑ったらこうなのだろうと想像に容易いものだった。
「悲しいんだろう。
君はどんどん大人になるのに、あの子はずっと、あの時のまま。
記憶の彼方に取り残されたまま。
どんどん彼が過去の人間になっていく。
彼を忘れ、おいて、一人先に進んでしまう自分のことが許せないんだろう?」
―― だから君はあそこで一人、佇んでいた。
完全に自分の感情を言い当てられて、シストは顔を歪める。
違う、と呟いたつもりの声はただの息になって、消えてしまった。
そんな彼を見てフォルは眉を下げた。
心配をするような表情を浮かべながら、彼は言う。
「人間ってのは脆いものさ。
酷くアンバランスな形で、どうにかこうにか生きている。
そんな君たちを見ているのは好きだけれど……」
そこで一度言葉を切ったフォルは柔らかな笑みを浮かべて、彼に言った。
「君は僕の大事な妹の相棒だもの。
なかなか放っておけなくてね」
だから君に手を差し伸べようと思った。
フォルはそういうと綺麗な海のような瞳で、シストを見つめて、言った。
「僕なら君の願いをかなえてあげられるよ。
そりゃ、何の代償もなしに、ってわけにはいかないけどさ」
「……何いってんだよ。俺の、相棒は……エルドは……――」
「死んでいるからなんだっていうんだい?
僕にとってはそんなこと、些細な問題だよ」
あっさりとそういってのける堕天使に、シストは紫の目を見開く。
それがゆらり、揺れたのを、フォルは見逃さなかった。
「僕は堕天使だよ?
ちょっとした魔術くらいお手のものさ。
僕がずっと部下としていた操り人形たちだって、既に死んでいる子たちさ。
あれと同じことだよ。
彼らはちゃんと意思を持っていただろう?
生前の記憶を持った子もいただろう?」
思い出す。
確かに、彼らは自分の意志を持っていた。
アンバーの弟だったという少年も、確かに過去の記憶を持っている様子だった。
叶え、られる?
彼ならば、かなえることが出来る?
「ちょっとだけ、僕の手伝いをしてくれたら君の願いをかなえてあげる。
簡単なことだよ、君は強くて美しい騎士だもの」
―― 何だって出来るさ。
そう囁く声が、酷く蠱惑的に聞こえた。
―― 蠱惑的な誘い ――
(記憶に残る声すらも薄れてきてしまう。
お前を忘れてしまうのが、怖いんだ)
(大丈夫、大丈夫、僕がその願いをかなえてあげよう。
君が望むならば、君の大切な人をきっと、呼び戻してあげよう)