ゆっくりと目を開ける。
ぱちぱちと瞬くトパーズ色の瞳。
ゆっくりと体を起こした白髪の少年……アルは周囲を見渡した。
「あれ?僕……いつものようにお城で寝た、はずなのに……」
そう呟いたのも無理はない。
彼が目を覚ました場所は、薄暗い路地裏だったのだ。
飛び起きて、広い路地に出る。
そしてそこで、更に驚くこととなった。
眼前に広がるのは、見慣れた風景。
住み慣れた街、アクアスの街並だった。
しかも……"現在の"それではない。
「僕が、子供の頃の……」
見慣れた、アクアスの街並。
しかしそれはずっと変わらないものではない。
今では無くなった店も多い。
或いは、新しく出来た店も多い。
今眼前に広がっているのは、アルが子供の頃に見た景色そのものなのだ。
これは一体どういうこと?
そう思いながらアルはゆっくりと街中を歩き回る。
「おいアル!早く来いよ!」
聞こえた声にアルははっとして視線をそちらへ向ける。
しかしすぐに、呼ばれたのは"自分"ではないのだと気づいた。
視線を向けた先。
そこにぱたぱたと走っていく子供たちの姿が見えた。
オレンジの髪の少年と、黄緑の髪の少年。
見慣れた、幼馴染たちの姿だった。
「パース、ルーク……」
思わず彼らの名を紡ぐ。
しかしその声が彼らに聞こえては困ると慌てて口を噤んだ。
いきなり見も知らない……否、自分の友人を大きくしたような少年に名を呼ばれたとなれば、驚くだろうから。
駆けてきた少年たち。
やはり、彼らの姿は幼い子供のそれ。
ちょうど、7つ8つくらいの年頃、だろうか。
―― これは、過去の景色……?
そう思いながらアルは彼らの様子を見つめた。
刹那、駆け出してくる白髪の少年。
先に走っていった二人よりも少し小柄な少年は、半分泣きながら前方を走っていった少年たちを追いかけていく彼は、他でもない"アル"だった。
「待って、待ってよぉ、パース、ルークゥ……」
置いていかないでよぉ、と泣きながら追いかけていく彼。
その姿にも、覚えがある。
これは、そう……城下町に、騎士が来た時の騒ぎでいつも自分がしていたことだ。
子供たちが走っていった方へ視線を向ければ、そこには騎士の一団がいた。
おそらく、街を巡回している騎士だ。
今のアルからしてみれば、いつも自分の親友たちがしていることなのだけれど……
子供時代の自分たちからしてみれば、騎士が街の中にいるというのは興奮する出来事で。
急いで見にいったことも一度や二度ではない。
いってみようか。
そう思って、アルは歩き出しかけて……気づいた。
今の自分の姿では、目立ちすぎる。
子供時代からあまり変わっていないまん丸い金色の瞳も、ふわふわした白い髪も。
ついでに今身に付けているのは、いつも騎士団で身に付けている白衣。
もう少し、目立たない格好にした方が良いだろう。
そう思って、アルは周囲を見渡した。
確かこのあたりには洋品店があったはずだと周囲を見れば案の定、店を見つけた。
急いで中に入って、フード付きのパーカーを買い、身に付ける。
フードを被れば顔はよく見えないだろう。そうおもって。
あれは自分で、これは自分の記憶通りなのだから彼らが向かう場所はわかる。
自分が身に付けていた白衣をひっつかむと、アルは子供たちの居る方へ向かった。
***
案の定そこには子供たちが集まっていて、その傍には休憩中の騎士が座っていた。
見慣れた騎士だ。
正式に言えば、アルが憧れた、あの騎士。
今だからこそ知っていることだが、あの騎士は、フィアの村にもいったことがある騎士なのだ。
フィアの村が襲撃を受けた時に、救助に向かった騎士。
そして、フィアを助け出した騎士……
彼と出会い、話したことで、アルは騎士になりたいとおもった。
大切なものを、守れるように、と……――
楽しそうに騎士と話をしている"自分"。
その金色の瞳はきらきらと輝いている。騎士になることを夢見ている瞳。
「アルには無理だろー!」
からかい口調でルークが言う。
パースも笑いながらそれに同意していた。
アルはそれを聞いてむくれる。
「無理じゃないもん!頑張るもん!」
ちゃんとやるもん!とアルは言う。
頬を膨らませて、顔を赤く染めて。
アルはその姿を見て、くすくすと笑った。
そう言えばあんな時代があったっけ。
そう思いながらアルはフードを深くかぶって、騎士を鑑賞する子供に混ざっていた。
「アル、へたれじゃん」
「喧嘩も弱いしなぁ」
ルークもパースも、アルをそういってからかっている。
アルはむくれた顔のまま、黙り込んでしまった。
―― あぁ、そうだったな。
思い出す。
あの時のこと。いい返す言葉が思いつかなくて……
「あっ、待てよアル!」
駆け出していく、小柄な白髪の少年。
そうだった、こうして自分は逃げたんだった。
そう思いながら、アルは彼が向かう場所を目指した。
相手は自分だ。
しかも、過去の自分。
どうしてこんな状況になったのかは全くわからないままだったけれど……この時の自分に、いってやりたいことがある。
そう思って、アルは逃げるように駆け出していってしまった少年を、追いかけていったのだった。
***
辿り着いたのは、森の奥。
街から少し離れたその場所に、彼はいた。
黄色の瞳からぽろぽろと涙をこぼし、白い頬を濡らして、彼は泣いていた。
「泣いているの?」
アルは小さく、彼に声をかける。
顔を上げた"幼いアル"は驚いたような顔をした。
或いは、怯えたような顔か。
……当然だ、眼前に居るのは目深にフードを被った変な男なのだから。
そう思いながらアルは小さく笑った。
「誰?」
「あ、えっと……」
どうしよう、と思う。
勢いで声をかけてしまったけれど、まさか此処で本名を名乗るわけにはいかない。
「ぼ、僕は……フィア」
思わず名乗ったのは、親友の名前だった。
勇ましい、男装騎士。
そんな彼への憧れも、彼の名を口に出した理由の一つかもしれない。
ごめん、と思いつつアルは息を吐く。
幼いアルは怪訝そうに、フィアと名乗ったフードの少年を見つめていた。
アルはそんな彼を見つめ返しつつ、少し悩んで、先程洋品店で着替えた白衣を見せて、いった。
「騎士なんだ、僕……医療部隊だけれど」
「医療、部隊……?」
きょとんとする、幼い少年。
アルはそんな彼に頷いて見せて、いった。
「今は、ちょっと……仕事の都合で、顔を見せられないんだけど……僕も、騎士なんだよ」
「そうなんだ……フィアさんも、戦えるの?」
このころのアルの騎士のイメージは、勇ましく戦う姿だ。
先程逃げ出したのも、"喧嘩が弱い"と友人たちにからかわれたから。
それを、アルはよく知っている。
だからこそ……
「ううん、僕は戦闘は苦手なんだ」
呟くようにそういうアル。
それを聞いて、眼前の少年はぱちぱちと瞬きをした。
「戦えないのに、騎士なのですか?……あ、すみません」
すぐに失言だと思ったのか、少年はしゅんとして俯いた。
アルはそれを聞いて、笑う。
そしてふるふると首を振ると、いった。
「いいんだよ。
確かに僕は戦えない。
でも……僕は確かに騎士だよ。
守るために、救うために、騎士をしてるんだ」
そういって、アルは微笑んだ。
少年はそんな彼を驚いたように見つめる。
自分の、黄色の瞳。
それを見つめながら、アルはいった。
「喧嘩なんか強くなくていい。
戦えなくていい、君には、君のできることがある。
戦えなくたっていいんだよ、それでも騎士になれる、だから……」
―― 諦めないで。
そう声をかけるのと同時に、強い風が吹いた。
瞬間、深くかぶっていたフードがはらりと外れる。
露わになった、アルの顔。
それをみた目の前の少年が大きく黄色の瞳を見開くのが見えるのと同時に、アルの意識は途切れた。
***
目が覚めた時、そこはいつも通りの部屋だった。
自分が眠ったときそのままの、自分の部屋。
「夢、か……」
そう呟いて、アルは体を起こす。
そして不思議な夢を見たものだ、と苦笑を漏らした。
と、その時気づいて……笑った。
「なぁんだ、夢じゃないんだ」
そう呟いた理由。
それは、自分が着ているものが"あの時"買ったフード付きのパーカーだったからで……
そっと、自分の胸に手を当てる。
あの時の自分に、勇気を与えることが出来ただろうか……?
そう思いながら。
―― 告げる言葉は ――
(幼い僕に、伝える言葉。
大丈夫、君はそのままで、大丈夫だから)
(だって君は出会うんだから。
君を支えて、一緒に戦ってくれる、守りたいと思う、そんな仲間に)