何だか、周囲が騒がしい。
それを感じて、眠りについていたシュタウフェンベルクの意識は浮上した。
ゆっくりと目を開ければ目に映る、白い天井。
それと同時、自分の横でぎゃあぎゃあと騒ぐ二つの声が、大きくなった。
……正式には、意識がはっきりしたために音がくっきり聞こえるようになったわけだけれど。
ゆっくりと首を動かして、声の方を見る。
そしてその騒がしさの原因を理解すると、思わず溜息を吐き出して、呟くような声で言った。
「……朝から、何を騒いでいるんだ」
それが聞こえたのか、彼のベッドサイドで大騒ぎをしていた二人は顔を上げた。
片や見慣れた金髪の副官。
片や見慣れた黒髪の悪魔。
……彼らは朝っぱらから他人の部屋で何を大騒ぎしているのか。
シュタウフェンベルクが声を上げると同時、二人はばっとベッドの方へ駆け寄ってきた。
そして、同時に声を上げる。
「大佐!」
「祓魔師殿!」
違う呼び名で呼びかけられて、シュタウフェンベルクはきょとんとする。
瞬きを繰り返す彼を見た後、二人……ヘフテンとエビルはむっとした顔を互いに見合わせた。
そしてまた同時に声をあげる。
「真似するな!」
「真似すんじゃねぇよ!」
……本当に何をしているんだ、彼は。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは二人を見つめる。
そして、"一体どうしたんだ、二人とも"と問いかける。
すると、ヘフテンが言った。
「僕が先に部屋に来るつもりだったんですよ!そしたらもう既にこの悪魔が……っ」
「当然だろ。だって今日は……」
「あー!」
いきなり大声を上げるヘフテン。
エビルは勿論、シュタウフェンベルクも驚いた。
ヘフテンはそんな二人を見て一息吐くと、シュタウフェンベルクの方を見た。
そして、明るい笑顔を浮かべて、言う。
「大佐!お誕生日おめでとうございます!」
ヘフテンはそういって、にこにこと笑う。
そんな彼を見て、エビルは"くそ、先越された"とぼやくように言う。
彼らの発言にシュタウフェンベルクは少し驚いたように瞬きをした。
それから"誕生日……"と小さく呟く。
そうだ。
今日は、自分の誕生日だった……
そう思いながら、シュタウフェンベルクは息を吐き出す。
ヘフテンはそんな彼ににこにこと笑いかける。
そして、ぎゅっとシュタウフェンベルクの手を握りながら、言った。
「ふふ、一番最初にお誕生日おめでとうっていいたかったんですよ!
……それなのに、この悪魔は」
ヘフテンはそういいながら、エビルを睨みつける。
エビルは肩を竦めながら、言った。
「そりゃあコッチのセリフだぜ、副官の子犬君よぉ。
俺様が最初に祝いの言葉を言うつもりだったというのにテメェがこの部屋に来るからよ」
そういって、エビルは唇を尖らせる。
……漸く、話が読めてきた。
どうやら、彼らはシュタウフェンベルクの誕生日を祝おうと思ってこの部屋にいたらしい。
それも、どちらも同じように一番最初に祝いたくて彼の部屋に来た、らしい。
それがかち合って二人して揉めていた、らしい。
「……あー、二人とも」
シュタウフェンベルクは彼に声をかける。
エビルとヘフテンはそれを聞いて顔を上げた。
"何だ"と二人で同時に返事をする。
それで二人はまたにらみ合った。
シュタウフェンベルクはそんな彼を見て苦笑を漏らした。
それから、自分の手を握ったままのヘフテンの手を軽く握り返して、まず彼に返事をする。
「有り難う、ヘフテン。
私もお前に祝ってもらって嬉しいよ」
ありがとう。
彼がそういうとヘフテンは嬉しそうな顔をした。
ヘフテンはそんな反応だが、エビルの方は面白くなさそうな顔をする。
け、とぶすくれた顔をしてそっぽを向くエビル。
シュタウフェンベルクはそんな彼を小声で呼んだ。
エビルは耳が良い。
シュタウフェンベルクの声にもすぐに気が付いて、顔を上げた。
シュタウフェンベルクは彼の瞳をじっと見つめる。
―― 後で、な。
そう、心の中で思う。
エビルは他人の感情が読める。
おそらく彼なら、きっと……感じ取ってくれるだろう。
そう思って。
案の定、どうやら通じたらしい。
一瞬目を見開いた後、にやりと笑った。
「……あーあー、しゃあねえな」
今はおとなしくしといてやるよ。
そういって、エビルは姿を消した。
これで一安心か。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは目を細めた。
「もー、ほんとに何だったんですか!あの悪魔!」
ぷりぷりと怒った顔をしているヘフテン。
それをまぁまぁ、と宥めながらシュタウフェンベルクは笑っていたのだった。
***
それからシュタウフェンベルクはいつものように仕事に向かった。
ちらほらと色々な人間がきては、祝いの言葉を述べていった。
シュタウフェンベルクはそれに嬉しそうな顔をしながら、応じていた。
「クラウス兄さん」
聞こえた声にシュタウフェンベルクは視線を彼の方へ向けた。
そしてふわりと微笑む。
「ペル。すまないな、今日は人の出入りが多くて」
シュタウフェンベルクは弟に詫びる。
それを聞いて、ペルはゆっくりと首を振った。
そして穏やかに微笑みながら、言う。
「兄さんに、お誕生日おめでとう、いいたくて……
色々準備してたら、遅くなっちゃった……」
ごめんね。
ペルはそういいながら、後ろに回していた手を前に出した。
「はい、これ……お誕生日、プレゼント」
そういいながらペルは小さな箱を差し出す。
おそらく、街中で買ってきたのだろう。
綺麗にラッピングされた箱だった。
「それ買うためにペルさん、一生懸命お手伝いしてたんですよね」
そういってヘフテンはにこにこと笑う。
お手伝い?とシュタウフェンベルクは少し驚いた顔をした。
「うん……お手伝いで、お小遣い貰ってた、の」
少し照れくさそうな顔をして、そう言うペル。
どうやら彼はシュタウフェンベルクの誕生日祝いのために、周囲の人間の手伝いをしていたらしい。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクはふわりと微笑んだ。
「有り難う、ペル……開けてもいいか?」
彼が問いかけるとペルは嬉しそうに微笑んで、頷いた。
シュタウフェンベルクはそれを見てから、彼がくれた箱を開ける。
中に入っていたのは、小物入れだった。
綺麗な装飾がついている。
どことなく、彼の元々の国の雰囲気をまとったそれを、街の中のお店で見つけてきたらしい。
「兄さん、眼帯入れたり、義眼使わない時入れとける……でしょ?」
そう言うのに使えばいいかなと思って。
ペルはそういって、はにかんだように笑った。
「わぁ、綺麗ですね!」
良かったですねぇ、大佐!
ヘフテンはそういって笑う。
そして、"あ、僕もプレゼント後でお渡ししますね"と微笑んだ。
「有り難う、二人とも。
この仕事が一緒にお茶にしようか……
兄さんたちも今日は遊びに来ると言っていたから」
そういって、シュタウフェンベルクは微笑む。
それを聞いて、ペルはぱぁあっと顔を輝かせた。
「ベルトルト兄さんもアレクサンダー兄さんも来るの?
楽しみだな……」
久しぶりに、会える兄たち。
嬉しそうに笑う弟。
隣で微笑ましい表情を浮かべるヘフテン。
―― 嗚呼、幸せな誕生日だな……
シュタウフェンベルクはそう思う。
そして、少し乱れていた髪を撫でつけたのだった。
―― Happy Birthday My… ――
(大切な人の誕生日。
お祝いしたいって思うのは、当たりまえのことでしょう?)
(大切な家族と、愛しい人と…
共に過ごせる誕生日というのは、幸福なものだな)