恋人であるメイアンが姿を消してから、どれくらいの時間が経っただろう。
彼の仲間である警察も、騎士団も必死に探している。
しかし、彼がいた痕跡も、彼が何処かに向かったという痕跡も、一切見つからない。
そんな状況に、西は憔悴しきっていた。
顔には出さずとも西はメイアンのことを愛しいと思っていた。
寧ろ、依存してさえいた。
そんな恋人が消えてしまったのだ。
憔悴しないはずが、なかった。
何処かで怪我をしているとか、病気で帰ってこられないとか、そんなことだったらその方が幾分気持ちの整理もついただろう。
何処かで彼が待っているなら、苦しんでいるなら、迎えに行くことだってできるつもりでいた。
それなのに……
「何処に行っちまったんだよ……」
西はひとり、部屋でそう呟く。
最近、西のことを心配しているのかいつも一緒に居てくれる遊佐も今は傍にはいない。
強がることも出来る、一人茫然としているのだった。
眠って、目が覚めたら彼が戻ってきているのではないかと何度も期待した。
だって彼は眠っているうちにいなくなってしまったのだ。
だから、もう一度眠って、目を覚ましたら……
そうしたら、彼は帰ってくるのではないか。
そう思いながら眠りに落ちては、その希望を打ち砕かれて来た。
もう諦めた方が良いのではないあろうか。
そんな想いが、ちらつく。
西はその度にぶんぶんと首を振って、その考えを打ち消したのだった。
メイアン。
彼が小さく恋人の名前を呼んだ、その時。
どさり。
後ろで、重い何かが落ちたような音が聞こえた。
西はそれを聞いて大きく目を見開いた。
感じた、気配。
それに驚きながら彼はゆっくりと、後ろを……音がした方を、むいた。
そこにあるのは、ベッドだ。
いつも自分が寝ている……メイアンと一緒に寝ているベッド。
そちらを見た西は、更に大きく目を見開いた。
落ちてきた"それ"は、ベッドの上にあった。
……否、"いた"。
白いシーツに広がる、美しい金色。
眠っているようで、"彼"の緑の瞳を見ることは出来ないけれど、それが誰かわからない西ではなかった。
「……メイアン……?」
掠れた声で、彼は名前を呼ぶ。
ゆっくりと、彼に歩み寄っていった。
急いで駆け寄りたかったけれど、そうしたら彼が消えてしまう気がした。
……怖かったのだ。
泡のように、夢のように、彼が消えてしまうのではないかと、そう心配になってしまったから。
あまりに唐突に、彼が戻ってきたものだから。
ゆっくりと、ゆっくりと歩みよって、ベッドに近づく。
メイアンは、眠ったままだった。
ゆっくりと、彼の胸が上下している。
「ん……」
小さく声を漏らす、男性……メイアン。
ふるりと長い睫毛を震わせて、メイアンはそっと目を開けた。
メイアン、と西はもう一度彼の名前を呼ぶ。
そして、信じられないという風に西は手を伸ばして、そっとメイアンの頬に触れた。
触れられたその手で、メイアンの意識は覚醒したのだろう。
彼はゆっくりと瞬きをしてから、しっかりと目を開けた。
「……竹一……?」
そう呼ぶ、メイアン。
西はそれを聞くと同時、顔を歪めた。
驚き。
怒り。
そして……安堵。
「っ、馬鹿……馬鹿メイアン!」
「きゃあっ!?」
西はベッドに寝たままのメイアンに飛びかかった。
そして馬乗りになったまま、彼の胸を殴る。
決して強い力ではない。
しかし彼はぽかぽかとメイアンの胸を殴り続けた。
心配した。
驚いた。
馬鹿。
何処行ってたんだこの野郎。
そんなようなことを言いながら、西はメイアンの胸を殴り続ける。
「っちょ、竹一、落ち着いて……私も、何がなんだか……」
「何処行ってたんだよ馬鹿っ!」
そう声を上げて、西はメイアンの胸に顔を埋めた。
そのまま、動かなくなる。
しかし彼の肩は微かに震えていた。
「……竹一」
「馬鹿……馬鹿メイアン、……」
そういいつつ、西はメイアンから離れようとしない。
メイアンはそんな彼を見て瞬きを繰り返してから、少し困ったように言った。
「……あの、竹一、一度だけ離れてくれないかしら」
そう言うメイアン。
しかし西はふるふると首を振る。
そして、ますます強い力で、西はメイアンに縋り付いた。
離さない。
離れない。
絶対に、絶対に……――
そう言いたげな彼を見て、メイアンは目を細める。
それから、優しく西を抱きしめてやった。
腕の中にあるぬくもり。
それは、ほんの少し前まで一緒に居た"少年"よりはずっと、ずっと大きい。
しかし良く慣れた恋人の大きさだった。
メイアンは愛しげに西を抱きしめたまま、その背を擦る。
そしてふわりと微笑んで、言った。
「……だいじょうぶよ、竹一。
私は、貴方の傍にいるわ……」
もう、はなれたりしないから。
メイアンはそういう。
西はその声に顔を上げた。
しかしその表情は何処か不満げなそれで。
「……勝手にいなくなっただろ」
今回だって、その言葉は頼りにならない。
西はそう呟くように言った。
メイアンはそれを聞いて、瞬きをする。
「……それは、確かにそうなのよね」
ごめんなさい。
そういいながら、メイアンはそっと西の頭を撫でた。
慣れた、優しいメイアンの手。
久しぶりに感じたその感触に西はほっと息を吐き出す。
少しずつ、現実味を帯びてきた。
メイアンが此処に戻ってきたのだということが……――
「ごめんなさい。私も、こんなことになるとは思っていなかったのよ。
でも、ね……」
―― 戻ってこられて、良かった。
そういいながら、メイアンは西を抱きしめる。
そのまま彼はぎゅうと西を抱きしめて彼の頬にキスを落とした。
一緒に居たのも、確かに"西"で。
彼を……幼い西を置いていくのは辛かった。
彼を一人にしたくはなかった。
けれど、此処に戻れて良かったと思っているのも事実だ。
愛しい、"今の西"の傍にいられるのは、幸せなのだから。
その気持ちを伝えたくてメイアンは西にキスをしていく。
頬に、額に……そして唇に。
いつもならば恥ずかしいと言ってそれを拒もうとする西。
しかし、今はそれをすべてそのまま、受け入れていた。
彼の唇が触れる度に感じる愛情。
彼が傍にいるのだという実感を持てるから。
彼が帰ってきたのだということを体中で感じられるから。
西はぎゅっとメイアンに縋り付く。
そして彼にキスを強請るように彼に擦り寄った。
メイアンはそんな彼を見て目を細める。
そして、"竹一"と愛しそうに彼の名前を呼んだ。
「……大好きよ」
そういいながら、メイアンは西に口づける。
甘く、優しく、柔らかく。
「んっ、んぅ……」
甘い吐息が漏れる。
そんな彼を見て、メイアンは目を細める。
―― あぁ、愛しい……
そう思いながらメイアンはキスをする。
そんな彼の頭に浮かぶのは、"あちらの世界"に置いてくることになってしまった幼い西。
手紙を置いてきたから、大丈夫だろうか。
……彼にも、軽くキスの一つくらいしてあげたかったな。
メイアンはそう思いながらやっと戻ってこれたこの世界の西を精一杯に甘やかす。
「……竹一、いったん離れていい?」
私が無事だってことほかの人たちにも伝えたいの。
きっと心配しているんでしょう?
メイアンはそういう。
しかし西はふるふると首を振って、メイアンにすがった。
「……今は此処にいろ」
そんな低い声が聞こえて、メイアンは目を見開く。
それから、彼の甘えの声に目を細めた。
今は、その声に応じてあげてもいいか。
そう思いながら、メイアンは目を細めていたのだった……――
―― 愛しい相手… ――
(やっと帰ってきた、愛しい人。
…今は、絶対に離さない、ずっと傍にいるから…)
(彼なりの精一杯の甘え。
それを見せているのだから、突き放すことはない…のかしらね?)