毎週恒例、創作ワンライに参加させていただきました。
今回はカルセとクレースの元恋人コンビ(一応BLCPなので注意)です。
とはいえクレース死んじゃってるし台詞って台詞はないのでカルセの独白みたいになっていますが…
雨の時期の花を使いたくて。
結果、こんな感じになりました…
梔子の香りって、ずっと嗅いでると酔いそうになるのは私だけですか←
使わせていただいたお題は以下です。
・Good-bye, darling
・花の咲く頃に
・呼び声
・「さようなら」
では、追記からどうぞ!
淡い桜の花びらは散り、深緑が艶やかな季節。
淡い白の花弁を持つクチナシが甘い香りを放ち、色鮮やかなアジサイが色彩を添える。
土壌によってそれが色を変える、なんて話は一体いつ聞いたのだったか……
深い藍色の瞳を持った男声はそう思いながらふっと息を吐き出した。
しとしとと降りしきる、雨が景色を煙らせる。
そんな外の景色を窓から見つめていた淡水色の髪の彼……カルセは目を細めた。
「この季節は……」
―― ……ですね。
小さく呟いたその声は、一際強くなった雨の音に掻き消された。
こんなことでは駄目だ、というようにカルセはゆっくりと首を振った。
暫し書類にペンを走らせていた彼だったが、やがてその手を止める。
そして、視線を再び窓の外に向けた。
今日は、やたらと感傷的だ。
呑気にこんなことを考えている場合ではない。
こなさなければならない仕事は幾らでもあるのに……
カルセはそう思いながら悩ましげな顔をする。
しかし、理由はよくわかっていた。
昨夜の夜更かしが祟って疲れたために取った仮眠の中で見た夢。
それが原因である、と。
彼が見たのは、かつての恋人の夢だった。
雨に濡れる木の葉のように美しい深緑の髪。
梅雨の晴れ間のような鮮やかな青色の瞳を持つ、優しい少年。
……ちょうど、この雨の時期に天国へと旅立っていった少年。
愛おしい恋人"だった"人。
「この時期になると、いつも会いに来るんですね」
クレース、とカルセはその名を呼ぶ。
もし彼が生きていたら今の自分と同じくらいの年。
彼が命を落としたあの時の倍の年になってしまった。
そんなことを考えながら、カルセは溜息を吐き出した。
見た夢は、美しく、しかし哀しい夢だった。
ちょうど、今のような雨模様。
雨で煙る景色の中、色鮮やかなアジサイの中に佇んでいるクレースの姿をカルセは見つけた。
傘もささずに佇む彼。
その姿を心配して、カルセは外に出た。
雨の中漂ってくる、甘いクチナシの香り。
その匂いが、カルセは暫く嫌いだった。
その香りが彼を亡くしたあの日のことを思い出させるから……――
今は、別にどうとも思わない。
甘くて良い香りだ、と思う。
けれど、こんなに強く香りを感じたのは初めてだな、と思った。
城の外に出たカルセを打つ、冷たい雨。
その中を歩いて、彼はひとり雨の中佇んでいたかつての愛しい人を探した。
あんなところに居たら寒いだろう。
そう思って出てきたのに自分はどうして傘を持っていないのだろう。
馬鹿だな、と苦笑しつつ彼はクレースが立っていた中庭に向かった。
強い強い、クチナシの香り。
酔ってしまいそうなほどのそれにくらりとなりつつ、彼は中庭に踏み込んでいった。
色鮮やかなアジサイが咲き誇っている。
その中に彼は変わらず佇んでいた。
クレース。
そう名を呼ぶと、彼は少し驚いたように振り向いた。
そんな彼の髪にはひとつ、クチナシの花が挿してあった。
悪戯な部下たちに挿されたか、或いは綺麗なものが好きな彼が自分で髪に飾ったか……
そう思いながらカルセはゆっくりと彼に歩み寄る。
美しい。
そう、思った。
鮮やかな新緑の髪に淡いクチナシの花を挿し。
色とりどりのアジサイに囲まれて一人佇む、彼の姿……
それはまるで、絵画のようで。
クレース。
そう呼びながら、カルセはゆっくりと彼へと足を進めていく。
すると、それまで動かなかったクレースが悲しげに首を振った。
駄目だよ、と唇が言葉を紡ぐ。
それに驚いてカルセは思わず足を止めた。
クレースはそんな彼を見て悲しげに微笑んだ。
彼の髪に付けられたクチナシの花が揺れる。
彼の髪を濡らした雫が、まるで葉から零れ落ちるようにぽつり、と落ちた。
クレース。
どうして、駄目なのです?
此処では、貴方の声がよく聞こえないのです。
ねぇ、クレース……
カルセがそう呼びつつ彼に歩み寄ると、クレースは悲しげに一歩後ずさる。
そんな彼の体は、薄く透けているようだった。
あと少し近づけば、あと少し手を伸ばせば、彼に届きそうなのに。
それが叶わない。
彼に触れることも、満足に言葉を交わすことも。
でも、近づけば近づくほど、彼の姿は薄く消えていく。
哀しげな顔をした彼はカル、とカルセの愛称を紡いだ。
その声は、やはり良く聞こえない。
強くなった雨に掻き消されて、消えてしまう……
カルセは悲しげに眉を下げながら、小さく息を吐き出した。
クレース、ねぇ、クレース。
話を聞いて。
此方に来て。
夢の中だけでいいから、話をさせてください。
貴方と、久しぶりに言葉を交わしたいのですよ。
そう必死に呼ぶ声。
それは果たして、彼に届いているのか……
それもわからぬまま、彼の姿はふわりと、雨に溶けるように消えてしまった。
彼が立っていた場所に残されたのは、彼の髪に挿されていたクチナシの花だけ。
消える間際、彼はふわりと微笑んだような気がした。
そんな、漠然とした夢。
それに込められた彼からのメッセージも、それを見た自分の深層心理も、何一つわからないままにカルセは現実に戻ってきた。
降り注ぐ雨。
雨に濡れた中庭。
中庭に咲く慎ましやかなクチナシ。
クチナシの白と対照的に鮮やかなアジサイの花……
「さよならさえ、言えませんでしたね」
あの夢の中では、とカルセは呟く。
そんな彼の藍色の瞳は悲しげに揺れていた。
彼を亡くした時も、人前で泣くことはしなかった。
そうしたところで彼が帰ってこないことも知っていたし、医療部隊に属する者である以上、死に面することくらい幾らでもあることくらい、理解していた。
けれど確かに悲しかった。
恋人を失った痛みを誰に話すことも出来ないまま彼の死を乗り越える……
それはあまりに辛く重くて、苦しかった。
だから、夢の中でくらいかつての恋人とやり取りをしたかった。
笑い合って、久しぶりに会いましたね、といいたかっただけなのに……
そう思いながら、カルセはそっと目を閉じた。
雨の音だけが響く、静かな部屋。
そこにひとりきり。
それは落ち着く空間でもあり、寂しい空間でもある。
―― 辛いでしょう?
部下に、友人に、そういわれてもカルセはゆっくりと首を振った。
そして、ふわりと笑って"大丈夫ですよ"と答えた。
けれどその実……
きっと、少しも平気ではないのだろう。
カルセは自分自身に苦笑を漏らして呟くように言った。
「まったく……アジサイのような恋人を持ったものだ」
アジサイの、花言葉。
"貴方は美しくも、冷淡だ"。
クレースのことを冷淡と思ったことはなかったつもりだが、あの夢の中での彼を冷淡と思わずにはいかなかった。
だって、そうではないか。
折角逢えたのに彼は触れることさえ許さず姿を消してしまった。
一片の、クチナシを残して。
そう思いながらカルセは目を開ける。
窓の外には、クチナシの花が咲き誇っていた。
窓を開けると、その甘い香りが雨の匂いに混ざって漂ってくる。
「……クチナシ、ですか」
そこにも、メッセージは込められているのだろうか。
クチナシの花言葉を思い出して、カルセは目を細める。
最後に見えた、彼の表情と共に思い出す、クチナシの花言葉は……
―― 私は幸せ者。
それは、いつもクレースがカルセにいっていた一言を思い出させる。
"自分は幸せだ"と、彼はいつもいつもカルセにいっていた。
こんなにも優しい恋人を持てて幸せだ、と。
幸せだよ。
僕は、幸せなんだよ。
それを告げているつもりなのだろうか。
遠回し過ぎはしないだろうか。
そう思いながら、カルセは目を閉じた。
甘い香りのクチナシの花は、天国に咲く花ともいわれている。
だから、だろうか。
彼が髪にそれを挿して現れたのは。
自分は幸せだから心配するな、と。
自分は大丈夫だから笑ってくれ、と。
彼はそういいたかったのだろうか。
「……まったく、貴方というヒトは」
生きている頃も、そうだった。
彼はいつもいつも、こうして自分を気遣っていた。
いつだって、いつだって……
「あぁ、それで……」
カルセは小さく呟いた。
―― それで、貴方はこの時期になると夢に……
呟くように言ったカルセは目を細める。
そんな彼の頬に涙が伝い落ちていった。
そんな彼の耳に、"彼"の呼ぶ声が聞こえた気がした……――
―― 梔子と紫陽花の似合う人 ――
(冷たくて、優しくて、いとおしい人。
雨の中の夢の中でしか会えない貴方
あぁ、だからこの季節は" "なのです)
(梔子の甘い香り、紫陽花の冷たい蒼。
夢の中だったというのにあんなにリアルな香りと貴方の声に別れを告げて)
(次に貴方に会えるのは、そう…
きっと、梔子が、紫陽花が、咲き誇る頃でしょう)