蒸されるようにじりじりと暑い、夏の日の夜。
連日降り続く雨の所為で窓を開けることも出来ず、寝苦しいいつも通りの夜の、城の一角の部屋……――
「わぁ、光ったぁ」
そう声をあげるのは、小柄な黒髪の少年。
彼が動く度、頭のてっぺんの髪がひょんひょんと揺れる。
外で轟く雷鳴。
光る稲妻にはしゃいだ声をあげる彼……ブラン。
窓から身を乗り出す彼を見て、彼の面倒をよく見ている金髪の少年は"危ないですよ"と彼に声をかけた。
「窓外れて落ちちゃったらどうするんですか?」
「外れないよぉ。ヘフテンは心配性だなぁ」
ブランはそういってけらけらと笑う。
最近よく笑うようになった彼。
その姿を見て、ヘフテンは"そうですか"といって微笑んだ。
そんな彼らの傍には隻眼の少年と、長い黒髪の少年……シュタウフェンベルクの姿。
珍しく彼らも、ヘフテンとブランと一緒にいるのだった。
「大丈夫か、ぺル」
シュタウフェンベルクは傍にいる弟に問いかける。
雪国出身で、しかも氷属性魔術使いであるぺル。
そんな彼はあまり暑さには強くないはず。
感覚が鈍いと言う彼だから、普通の氷属性魔術使いよりはマシらしいけれど……
「ん、平気」
そう答えるぺルだが、やはり少々暑そうだ。
長い前髪が額にくっついている。
そんな彼らのやり取りを見て、ブランは目を細める。
そして悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、彼はいった。
「暑いときといえばさぁ……怖い話じゃない?」
そんなことを言い出すブランに、ヘフテンは"えっ?!"と声をあげる。
ぺルも彼の思わぬ発言に目を丸くしている。
ブランは彼らの反応を楽しむように笑いながら、いった。
「怖い話してたら涼しくなるって、御主人がいってたよ?」
だから、やってみない?
そういって、ブランは笑う。
ヘフテンが少し慄いている様子を楽しむように。
ちょっとした好奇心。
いつもにこにこしている友人の、いつもと違う表情が見てみたいのだった。
「でも、ブラン……怖い話、知ってるの……?」
ぺルがそう問いかける。
それを聞いてブランはうっと言葉に詰まった。
そして視線を揺らす。
「……知らないんだな」
シュタウフェンベルクがブランの気持ちを代弁する。
彼の言葉にかぁっと顔を赤くしつつ、"うるさい!"とブランは吠えた。
どうやら恥ずかしかったらしい。
「僕も、よくしらない、よ?」
ぺルはそういう。
怖い話になんて興味がなかったからあまり詳しく知らない、と。
「えー、でもせっかくだからやりたいじゃん、誰かなんかないの?」
つまらなそうに唇を尖らせてそういうブラン。
ないの、といわれても……とぺルは困った顔をする。
ヘフテンも"僕も怖い話はちょっと……"と呟いているし、話になりそうにない。
しかし、少し考え込む顔をしていたシュタウフェンベルクが顔をあげた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「この辺りでも、流行っている話があったな」
幾らか聞いたことがあるぞ、とシュタウフェンベルクはいう。
それを聞いてブランは目を輝かせた。
「えっ、本当!?どんな話?」
目をきらきらさせつつそう問いかけるブラン。
ヘフテンは"本当ですか大佐"と既に怯え気味だ。
シュタウフェンベルクは彼らの反応に小さく頷いた。
「私も聞いた話だが……」
彼は静かな声で話し始める。
生真面目でしっかりものの彼が話すからか、既になんだか恐ろしい雰囲気が漂っていた。
「この辺りにも幾らか古い廃墟はあるだろう?
ぺルやブランシュが住んでいたのも、そういうところだったな」
そう問いかけるシュタウフェンベルク。
ブランとぺルは顔を見合わせてから、小さく頷いた。
彼らが住んでいたのは堕天使が住み着いている森の奥の廃墟。
元々は貴族の別荘だったらしいが、その一家が死んだのか何処かに引っ越したのか、空き家になっていたと言う。
「それが、どうかしたの?」
ぺルは兄を見上げて首をかしげる。
シュタウフェンベルクはそんな彼を見つめつつ、いった。
「ああいう屋敷には、色々曰くがあったりするものなんだ」
そう語る彼は真剣そのもので、ヘフテンはすでに落ち着きなく視線を揺らしている。
案外怖がりなのか、と思いつつシュタウフェンベルクは話を続けた。
「この地域にある屋敷の何処かの話らしいんだが、そこに子供の幽霊が出るらしい」
「へ、へぇ、子供かぁ」
ブランの声が少しひきつっている。
あ、これは彼も怖がっているかもしれない。
そう思いつつ、シュタウフェンベルクはふっと息を吐き出して、いった。
「基本的に姿は見えないらしいんだが、その屋敷の窓辺には一体の球体関節人形があって……
どんなに別の方向を向けても、何処か別の場所においても、いつのまにかもとの通り窓の外を見つめているんだそうだ。
だが、あるときしばらく肝試しだとそこに滞在していた街の人間がふと見たとき、その人形が部屋のなかを向いていたんだという。
どういうことか、と思って振り向いた、そのとき……」
すっと、シュタウフェンベルクは息を吸い込む。
そしてそのまま手で、話に聞き入っている三人の後ろを指差しながら、いった。
「そこに立っていたんだそうだ。
その人形によくにた少女が一人……」
彼の言葉に、三人は勢いよく振り向く。
ちょうど雷が響いて、電気が消えた。
「わぁああっ!?」
「やだぁあっ!」
二つの悲鳴が響いた。
それはヘフテンとブランのもの。
あぁこれはちょっとやり過ぎたかもしれない、と思いつつシュタウフェンベルクは窓の方を見る。
「雷で停電したかな……大丈夫だろう」
そんな彼の声から少しして、明かりはついた。
ヘフテンとブランはほっと息を吐き出す。
シュタウフェンベルクはそんな彼らに声をかけた。
「怖かったか?」
そう問いかける彼の声にブランははっとする。
そしてぷいとそっぽを向きながら、いった。
「ふ、ふん!ぜーんぜん、まーったく怖くないよっ」
強がりだ。
それがみえみえの言い方に、シュタウフェンベルクは小さく笑う。
そして自分の副官の方を見て……小さく息を吐き出した。
「この三人のなかで最年長なのにお前が一番怯えているのか、ヘフテン」
そう。
一番怯えている様子なのは彼だった。
ブランよりも怯えている様子なのだからおかしい。
シュタウフェンベルクが笑うと、ヘフテンはむくれた顔をした。
顔を真っ赤にしながら抗議する彼。
「だ、だって大佐は嘘つかないですもん……!
『これは真実に基づく物語である』でしょう……!!」
そう言い出すヘフテンにシュタウフェンベルクは小さく笑う。
そして、一番おとなしい自分の弟……ぺルの方へ顔を向けた。
「ぺルは随分静かだな、怖くなかったか?」
さっきも悲鳴をあげなかったのは彼だけだ。
意外と怖い話には強いのかもしれない。
そう思いながらぺルを見たシュタウフェンベルクだったが……
すぐに、状況を理解した。
「……ぺル、大丈夫か」
「完全に固まっちゃってるよこれ、どうすんの」
ブランはそういいながらフリーズ状態のぺルをつつく。
怖すぎて固まってしまったらしい。
「やり過ぎたな、すまない」
そういいながらシュタウフェンベルクはぺルの頭を撫でてやる。
ぺルはそんな彼にわしっと抱きついた。
「あー、ぺルさんずるいです!」
そう声をあげて、ヘフテンもシュタウフェンベルクに抱きつく。
わ、と声をあげる彼に、抱きつきながらヘフテンは笑う。
そんな彼らの姿を見て、暫し戸惑った表情を浮かべていたブランだったが、"僕を一人にしないでよね!"といって同じように飛び付く。
「……涼しくなるためにこの話をしたんだがな」
シュタウフェンベルクはそう呟いた。
涼むために怖い話をしたのに、こうして抱きつかれては逆に暑い。
―― まぁ、いいか。
シュタウフェンベルクはそう思いながら、そんな三人を抱き止めてやっていたのだった。
―― Horror…? ――
(怖い話をして涼もうと思ったのに…
逆に暑くなった気がしたのは、気のせいか?)
(強がれど、怖い。怖がりな三人。
彼らと過ごすこんな時間も悪くはないかもしれない…)