穏やかな日差しが降り注ぐディアロ城の中庭。
そのベンチに腰掛けている、黒髪の少年が二人。
背の高い隻眼の少年……シュタウフェンベルクは隣に座っている弟、ペルの頭を優しく撫でる。
今日は仕事もないために、こうして兄弟でゆっくりと過ごしているのだった。
「ペルは何処か出かけたい場所とか、ないか?」
そう問いかける兄。
ペルは少し考え込む顔をしてから、ゆっくりと首を振った。
「クラウス兄さんと一緒に居られたらそれで、良い……
お出かけしてもしなくても、いい」
そういってはにかんだ顔をするペル。
シュタウフェンベルクはそんな彼を見て穏やかな表情を浮かべた。
そして優しく彼の頭をなでてやりながら、言う。
「そうか。
なら、後からヘフテンも一緒にお茶にでもしよう。
この間街に行った時に買ってきた飴もクッキーもあるし……」
そんな話をすれば、ペルは嬉しそうな顔をしながら頷く。
じゃあそうしようか、とシュタウフェンベルクが言ったとき。
「こんにちは!」
不意に声が聞こえてきた。
それを聞いて、二人は驚いたように顔を上げた。
その視線の先には萌黄色の髪の少年が立っていた。
騎士の制服ではない。
かといってシュタウフェンベルクたちのような制服でもない。
ふわふわとしたフリルのついた服を着ている少年……
その姿を見てシュタウフェンベルクは瞬きをする。
「!確か、お前は……」
今まで会話をしたことはない。
しかし彼も何度かその姿は見ていたし、何より話は聞いている。
ペルは知らないようで、きょとんとした様子でシュタウフェンベルクとその少年を交互に見ていた。
少年は二人を見てにっこりと微笑む。
そしてぺこり、と頭を下げながら、言った。
「この間からディアロ城でお世話になっているラーク・スカイフォードです」
そう挨拶をする彼。
その姿を見て、シュタウフェンベルクはふわりと微笑んだ。
「私は、クラウス・フォン・シュタウフェンベルクだ。
この子は、私の弟のペルだ」
そういいながらシュタウフェンベルクはペルの頭を優しく撫でる。
ラークはふわり、と笑いながら二人に言う。
「シュタウフェンベルクさんにペルさん、ですね。
宜しくお願いしますね!」
明るく無邪気な表情を浮かべた彼を見て、シュタウフェンベルクはラークに答えた。
「あぁ、宜しくな」
「……よろしく」
ペルもそういう。
ラークは嬉しそうに笑って、"宜しくお願いしますね"と繰り返す。
そして、シュタウフェンベルクを見ながら、興味深げに言った。
「シュタウフェンベルクさんも、騎士なのですよね?
何だかすごく華やかというか……」
「あぁ……」
何となくわかる、彼が言わんとしていることは。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは言う。
「私も、お前と同じように貴族の家系の生まれだから……」
「わぁ、そうなんですか!
すごいですねぇ……
もし僕もお外に出るようなことがあったら、パーティとかであったことがあったのかもしれませんね」
そういってにこにこと笑うラーク。
シュタウフェンベルクはそれを聞きながら幾度も瞬きをした。
そして少し悲し気に目を伏せる。
そうだった。
ラークはずっと、屋敷の地下室に閉じ込められていたんだったか。
外の世界を知らない彼。
確かにもしかしたら、社交界であっていたかもしれない。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは彼に言った。
「確かに、出会っていたかもしれないな……
これまでに、何処かに行ったか?」
そう問いかけるシュタウフェンベルクにラークはきょとんとした顔をする。
そして、少し微笑みながら言った。
「お城の中の探検は大体しましたねー。
街にもいつか出たいと思っているんですけど……」
なかなかそんな機会もなくて、とラークは笑う。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクは少し視線を伏せた。
それから考え込むような表情をした後、言った。
「何処か、行ってみるか?
私が案内できるところならば、だが……」
ある程度はこの国にも慣れてきたし、と彼は言う。
ラークはそんな彼の言葉にぱぁあっと表情を輝かせた。
その雰囲気が何だかであったばかりの頃にいろいろなことを教えてやったペルを思い出させてシュタウフェンベルクは少し表情を緩める。
「本当ですか?
あまり遠くでなくてもいいんですけど、言ってみたいなぁとは思ってたんです」
連れて行ってくれるなら嬉しいです、と無邪気に笑う彼。
腕に抱えていたくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、"お出かけだって嬉しいねロビン!"と笑った。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクは微笑む。
そして、ペルの方を向いた。
「ペル、そういうことだから一緒に……」
一緒に出掛けよう、といおうとした。
しかしペルはぽんとベンチから降りてしまう。
あれ、という顔をするシュタウフェンベルクの方を振り向きもせず、言った。
「僕、行きたくない」
「え?」
ペルの言葉にシュタウフェンベルクは目を見開く。
ペルはちらと視線をラークに向けた後、すたすたと歩き出した。
「……お部屋、帰ってる」
「ちょ、っとペル?!」
驚いた声を上げるシュタウフェンベルクはよそに、ペルは部屋に戻っていってしまう。
シュタウフェンベルクはそんな彼を追いかけるか、少し悩んだ。
と、言うのも……
「僕、何か気に障ることを言ってしまったでしょうか」
そう呟くように言うラーク。
彼は心配そうに、遠ざかっているペルの方を見ていた。
シュタウフェンベルクもだが、彼も唐突にペルが部屋を出て行ってしまった理由がわからないらしい。
「いや、大丈夫だと思う……今日は気分が乗らないのかもしれないな」
そういってラークに笑いかけるシュタウフェンベルク。
ラークはその言葉に少しほっとしたように笑った。
「そうですか、それはよかったです」
そういって無邪気に笑うラーク。
シュタウフェンベルクはそんな彼を見てにこりと微笑む。
そして優しく彼の頭をなでてやりながら、視線をペルが歩いていった方を見たのだった。
***
ペルは言葉通り、部屋に戻ってきていた。
というか、部屋に戻るなり布団の中に潜り込んでいた。
「…………」
無言で、布団にくるまる。
今日はそんなに寒いわけではないけれど……
「……ばか」
ぼそり、と呟いた声は誰にも届かない。
それが悔しいやら忌々しいやらほっとするやらで、ペルは布団をぎゅうと握りしめた。
―― 何だか、嫌だ。
心の中に渦巻くもやもやした感情。
ペルは頬を膨らませた。
頭の中によぎるのは先程のやり取り。
明るく無邪気な少年と、自分の兄の姿。
楽しそうな会話。
嬉しそうに笑う少年と、それを見つめる優しい兄……
嫌だ、と思った。
大好きな兄が自分以外の相手に笑みを向ける事。
自分以外の"子供"に笑顔を向けて、優しくすること。
「……兄さん」
ぽつり、と呟くペル。
寂しそうな声で。
「……うぅ」
自分は良い、なんていって部屋に戻ってきてしまったけれど……
彼らは本当に、買い物に行ってしまったのだろうか。
だとしたら、いつごろ帰ってくるだろう。
……一緒にお茶にしようって話をしていたのにな、とペルは思う。
おなかは、すいた。
喉も乾いた。
でも、一人で食堂に行く気にはならない。
「……クラウス、にいさ……」
じわ、と目に涙が浮かぶ。
ぎゅうと布団を握りしめた、その時。
ぽん、と布団越しに置かれる手。
それを感じてペルはびくり、と身体を強張らせた。
「っ、……」
「ペル」
聞こえた、優しい声。
それを聞いてペルは目を見開く。
「……ペル、寝ているのか?」
そんな問いかけ。
それを聞いて、ペルはぐっと唇をかむ。
出かけて、なかった?
それとも今から出かけるところ?
「……寝てる、のか」
そんな声といっしょに、シュタウフェンベルクは溜息を一つ。
す、と手が離れるのを感じて、ペルははっとした。
そして慌てて飛び起きる。
「!ま、って」
「!ペル、起きていたのか」
少し驚いたように振り向く彼。
ペルはそんな彼の手を、ぎゅっと掴む。
「…………」
でも、言葉は出ない。
どうしていいのか、わからない。
固まるペルを見て、シュタウフェンベルクはふわり、と笑う。
そして優しく彼の頭をなでながら、言った。
「ペル」
優しく、声をかけた。
その頭には先程中庭で会った友人の声が響いていた
―― それ、ヤキモチ妬いたんじゃないですか。
ペルが怒ったようにいなくなった理由。
それを相談したら、クヴィルンハイムはそういった。
『お兄さんを取られたような気がしたんじゃないですか。
クラウスの事だから、優しくしたのはまぁわかりますし……
でもペルさんからしたら、やっぱり嫌だったんじゃないですかねぇ』
誤解を解けば大丈夫なはずです。
そんなクヴィルンハイムの言葉を信じて、此処に来たのだった。
「ペル、さっきは……すまなかったな。
ペルの気持ちも考えてなくて」
そういうシュタウフェンベルクにペルはゆっくりと瞬きをする。
シュタウフェンベルクはおだやかに笑いながら、言った。
「ペルだけに優しくしてやれないけれど……
私にとって大切な弟はペルだけだから、な?」
だから、そんな顔をしないでくれ、と少し困ったようにシュタウフェンベルクは言う。
ペルはその言葉に暫しうつむいていた。
それから顔を上げると同時、ぎゅうっと、シュタウフェンベルクに抱き付いた。
「わ……」
「……っ、我儘、いって、ごめ、んなさい」
そう言うペル。
シュタウフェンベルクはそんな彼の顔を見て、ふわりと笑う。
そしてそっと彼の頭を撫でてやった。
「大丈夫だからな」
安心させるように彼の頭を撫でる、シュタウフェンベルクの優しい手。
ペルはそれを感じながらほっと息を吐き出していたのだった……――
―― Jealousy… ――
(我儘でごめんなさい、だけどどうしようもなかったの。
大好きな兄さんを、ほかの人に取られたくなくて…)
(お前の気持ちに気づいてやれなくてごめん。
でも、お前のことは本当に大切な弟だと思っているから…)