入道雲が空に浮かぶ、暑い日の午後……
一面が白い、消毒液の匂いが満ちる部屋。
冷房の聞いたそこ……保健室。
ベッドを囲むカーテンの内側にいるのは、金髪の少年。
彼が座る椅子の傍のベッドには、赤髪の少年が寝ていた。
金髪の彼……ハイドリヒは小さく溜め息を吐き出した。
そしてベッドに寝ている恋人……アネットを見つめ、呟く。
「心配かけて……馬鹿」
そう呟いた声は静かな保健室に消える。
彼は色の白い手でそっとアネットの額を撫でた。
彼が此処に来たのはついさっき。
交流授業で来ていたこの学校の、保健室に呼ばれた形だ。
というのも、彼の恋人であるアネットが倒れたという話を聞いて。
それを伝えてくれたのは、彼が所属するサッカー部の生徒だった。
話によれば、部活中に倒れたらしい。
軽い熱中症とのことで、こうして保健室に寝かされている次第。
今は眠っているが、倒れた直後は意識もあったしそこまで大事ではないようだが、
此処に寝かされているのだという話。
それをハイドリヒとアネットが親しいことを知っている部員が教えにいったのだった。
無論ハイドリヒは驚いた。
熱中症といえば、下手をすれば死ぬような事態。
軽いものだとは聞いていたが、倒れて保健室につれていかれたのは紛れもない事実だ。
心配したし、事実眠っている様子の彼を見て今も心配だ。
大したことはないと、彼が此処に来たときにいた養護教諭に聞いたけれど……
外で部活をして汗をかくなら水を飲む。
それは常識ではないのでしょうか。
貴方は部活の部長でしょう。
それがそんな初歩を徹底しなくてどうするんですか。
そんな小言を頭のなかで言う。
保健室の先生は用事があるとかで、不在。
ハイドリヒが彼の様子を見ていると、留守番を頼まれたのだ。
他校の生徒に留守番を任せるのもいかがなものかと思ったが、
アネットからこの学校の教師も自由な人間が多いとは聞いている。
アネットが目を覚ますまで此処にいることに変わりはないし、
もし何かあったら連絡をくださいと彼の携帯番号のメモも渡されている。
とその時。
「ん……」
小さく声を漏らして、アネットが目を開けた。
ガーネット色の瞳が幾度か瞬いて、ハイドリヒを捉えた。
「ラインハルト……?」
「目が覚めましたか。……大丈夫ですか?」
ハイドリヒは彼に問いかける。
アネットは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべた後、
あぁ、というように頷いて、体を起こした。
そして、彼を安心させようとするように微笑みつついった。
「大丈夫、もう平気だ」
「お水は?のんだ方が良いのでは?」
念のために、とハイドリヒは言う。
アネットは彼の言葉に頷いて、ベッドサイドにおかれたカップを傾けた。
どうやら、この学校の養護教諭がそれをおいていったらしい。
アネットはそれを一口飲むと小さく息を吐いた。
そして、首をかしげつつ、ハイドリヒに言う。
「……でも、何でラインハルトが此処にいるんだ?」
図書館で待っててくれっていったよな、とアネットは言う。
いつも、交流授業の後で部活がある時には、
終わるまで図書館で待っていてくれとアネットは彼にいっている。
それなのにどうして此処に……保健室にいるのかと、アネットは問う。
彼の問いかけにハイドリヒは溜め息を吐き出した。
そして、軽くアネットの額をこづきつつ、いった。
「貴方のチームメイトが私を呼びに来たんですよ。
……アネットさんが倒れた、って」
「それで、来てくれたのか」
なるほどな、とアネットは頷く。
彼も、部員たちがハイドリヒとアネットの仲を知っているのはわかっている。
ハイドリヒを図書館で待たせているのも知っていたのだろうな、と呟く。
「ごめんな、ラインハルト」
心配かけて、といってアネットはすまなそうな顔をする。
ハイドリヒは彼からぷいと顔を背けつつ、いった。
「全く……水分補給が大事だと言うのはアネットさんたちの方が、
私なんかよりもよくご存じなのでは?」
「はは……飲むの忘れてたんだよ」
大丈夫かなって思ったんだけど、とアネットは呟く。
それを聞いて、ハイドリヒは再び溜め息を吐きつつアネットの額を小突いた。
「ちゃんとしてください。
今度同じように呼ばれるようなことがあったらもう口ききませんからね」
彼の言葉にアネットは驚いたように大きく目を見開いた。
そして苦笑しつつ、こくりと頷いた。
「OK、わかった……口きいてもらえないのは困るし気を付ける」
「気を付けるべき場所が違うでしょう……」
倒れたり自分の体調を害さないように気を付けてくださいよ、とハイドリヒは呟く。
アネットはそんな彼の言葉にガーネットの瞳を細めた。
心配をかけたことには無論罪悪感も抱いている。
彼が言葉のそっけなさの割に本気で心配してくれたことはよくわかるから。
しかし、それと同時……
彼がそうして自分のことを気にかけてくれることが嬉しくもあった。
素直とは言いがたい彼の表現のしかたは不器用だけれど、
彼が確かに自分を愛してくれていることはよくわかるから……――
愛しい。
そう思いつつ、アネットは軽くハイドリヒの体を抱き寄せた。
そして顔を近づけると、彼にキスをする。
ハイドリヒは一度大きく目を見開いたが、すぐに彼のキスに応えた。
アネットはそんな彼の様子に嬉しそうに目を細める。
少し長いキス。
カーテンで仕切られているからと幾度か角度を変えてのキスをした。
二人の呼吸が少し上がる頃、アネットはキスを止めて微笑む。
そんな彼を見て、ハイドリヒは小さく息を吐き出した。
そして、呟くような声で言う。
「は……倒れた人間の、行動ではないですね……」
そんな彼の言葉。
アネットはそれを聞いて、にっと笑う。
「もー復活した、大丈夫だよ」
―― なんならこれ以上のことする?
アネットはそういいつつ、軽くハイドリヒの腰を抱き寄せる。
それと同時、がらりと教室のドアが開く音が聞こえた。
ハイドリヒは慌ててアネットから離れて、椅子に座った。
アネットは驚いたように瞬きをしている。
そんな二人がいるベッドの周囲のカーテンが少し開いて、
この学校の養護教諭……カルセが顔を出した。
「目が覚めたようですね。大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫っす」
ほんの少し裏返る声。
そんな彼を見て目を細めつつ、カルセは"そうですか、よかった"と微笑む。
「部活の先生には私から連絡しておきましたし、
鞄は貴方が寝ている間にお友だちが持ってきてくれましたよ。
今日はこのまま帰って、ゆっくりお休みなさいな」
「あ、はーい!」
わかりました、と言いつつ、アネットはベッドから降りる。
ハイドリヒは先に彼のいるベッドとそれ以外をしきるカーテンの外に出る。
それと、同時。
―― ……?
カルセがそっと彼に何か、耳打ちした。
その言葉にハイドリヒは驚いたように目を見開いた後、赤面した。
カルセはくすりと笑いつつ、彼から離れる。
と、靴を履き直したアネットが出てきた。
「ごめんラインハルトお待たせ……どうかしたか?」
「!何でもありません」
ハイドリヒはそういうと、ぷいっとアネットから視線をはずした。
彼の頬は少し赤い。
いったいどうしたのだろう?と言うように首をかしげるアネット。
帰りますよ、といって歩き出すハイドリヒ。
そんな二人の姿を見て、カルセはくすくすと笑っていたのだった。
―― 囁かれた忠告 ――
("見えていなくても聞こえているもの。感じるものですよ"
彼が何を言わんとしたか、私には理解できて)
(少し様子がおかしい恋人。
彼はいったい何にあんなに動揺していたんだろ?)