賑やかな、ミラジェリオ王国、城下町。
華やかな服を着た人々が行き交う。
上品な笑い声。
賑やかな商人の客引きの声。
そこを歩いていくのは紫の髪の青年……アズル。
彼はキョロキョロと周囲を見渡しながら、小さく息を吐き出した。
「やっぱりこの辺りは人が多いなぁ……」
アズルはそう呟く。
普段は城から出ない彼。
こうしてゆっくりと町並みを歩くことも決して多くはない。
そんな彼がこうして街中を歩き回るのは、珍しいことだった。
ついでに言うなら、彼は一人。
いつもならば傍に護衛がいるのだけれど……それもなしだ。
無論、アズルは国王という立場。
身分がバレるとまずいため、一応フードを被って顔を隠してはいるが……
そうした格好は却って人目を引く。
それでもアズルはその視線を気にした様子なく、歩いていく。
彼の視線は絶えず周囲に向けられていた。
綺麗なアクセサリーの並ぶ店。
甘い香りの漂う花屋。
そんなものを見ながら、アズルは歩いていく。
その、道中。
ぱしっと何かに手を捕まれた。
驚いた顔をして、アズルはそちらへ振り向く。
そこにたっていたのは、人の良さそうな男性だった。
アズルを見ながら、彼は首をかしげる。
「何かお探しですか?」
「え?あ……」
「先程から何かお探しのようだったので」
私街の案内をしている者なのですよ、とその男性は言う。
アズルはなるほど、というように頷いた。
城下町は広い。
広いあげくに店も多いため、迷う人間も多いのは確かだ。
そういう場所だったら、案内も必要になるだろう。
アズルは声をかけてきた男性に微笑みかけた。
そして小さく首をかしげながら、言う。
「ありがとう……ヘアアクセサリーをおいてる店を探しているんだ」
何処か良い店あるかな?とアズルは首をかしげる。
それを聞いて、男性は少し考え込むような顔をした。
その後、"あぁ"と声をあげると、アズルに微笑みかけて言う。
「ちょうどいい店がありますよ、こちらです」
「本当?ありがとう」
助かるよ、とアズルは笑う。
そしてそのまま歩き出した男について、アズルは歩き出したのだった。
***
そうしてつれてこられたのは、綺麗なヘアアクセサリーが並ぶ店。
アズルはそれに目を輝かせると、暫し店内を見て回った。
ひとつ見つけた素敵な髪飾りを見つけて、それを買う。
「ありがとう、いい買い物が出来たよ」
アズルはその男に礼をいって、帰ろうとした。
しかしそんな彼を男が呼び止める。
「もうひとつ、ご案内したい店があるのですよ。
今買ったものより良いものが見つかるかも……」
「え?そうなの?」
アズルは彼の言葉に少し悩んだ。
そして小さく頷いて、"じゃあ、そっちにも案内頼めるかな?"という。
男はそれに頷いて、アズルと一緒に歩き出した。
二人は街を歩いていく。
しかし、アズルは奇妙なことに気がついた。
少しずつ、静かになってきている。
アズルはきょろきょろと周囲を見渡した。
やはり、店が減ってきている。
どちらかと言えば、裏路地だ。
「あの……」
アズルは先を歩いていく案内役の男に声をかける。
道はあっているのかと、聞きたかった。
と、案内役の男がぴたりと足を止めた。
アズルがほっとして口を開こうとするのと同時、その男が振り向いた。
そして、にぃっと笑みを浮かべる。
「全く、世間知らずな王族様だなぁ」
「え……」
驚いた顔をするアズル。
男はそんな彼の肩を強く押して、壁に押し付けた。
強く背を打ち付けて、アズルは顔を歪める。
被っていたフードが外れて、彼ははっとした。
戻そうとするがその動きは容易に阻まれる。
「その髪、その瞳……そして何より、そのイヤリング……
間違いなく、国王様だよな?」
そういって男は笑う。
不穏な笑みに、アズルは焦りの表情を浮かべた。
下手に捕まると、まずい。
国王たるもの堂々した姿でなければならない。
まさか、こんなところで捕まるなんて……
国民に知られでもしたら、その頼りなさが問題になるところだろう。
逃げようとしたが、無論男の腕は離れない。
アズルは必死にもがいた。
「おとなしくしてろよ、国王様……そうしたら……」
「離して……っ」
離せ、ともがくアズル。
それを見て、男はひとつ舌打ちをする。
片手でアズルの動きを封じたまま、片手で武器を取り出して、彼に向かって振りかざす。
「おとなしくしてろって……!」
そんな声と同時に振り上げられるナイフ。
アズルはぎゅっと目を閉じる。
痛みに、耐えるために。
しかしそれが彼の体に当たるより先……キィンっと高い音が響いた。
それに驚いて、アズルは目を開ける。
「国王様に手だして無事で済むと思うなら、君は相当なバカだね?」
聞こえた声は、アズルの護衛である少年……ダリューゲの声。
男はその姿を見て大きく目を見開いている。
男の手からナイフを弾き飛ばしたのは、剣に変形しているダリューゲの髪。
どうやら、彼はそれで助けてくれたらしい。
彼の耳で揺れる、緑色のイヤリング。
アズルとダリューゲの、信頼の証……
男は唐突な護衛の登場にすっかり焦っている。
「お、俺は、ただ」
「ただ、じゃないよ?
こうしてこんなところにつれてきただけで十分罪だよ」
わかってるよね、とダリューゲは言う。
そしてアズルの手首を掴んでいる男の手を軽くつかんだ。
「ほら、離そうね、アズルから手を」
三秒あげる、とダリューゲは言う。
男は慌てたようにアズルから手を離した。
そしてじりじりと後ずさると、彼は慌てて逃げ出していった。
アズルはそんな男の姿にはぁっと息を吐き出した。
そんな彼を見て、ダリューゲは小さく溜め息を吐き出す。
「何で僕もなしに一人で出掛けちゃうかなぁアズルは……」
危ないでしょ、とダリューゲは言う。
アズルはそんな彼の言葉に苦笑を漏らした。
「ごめんね……どうしても買い物にいきたくて」
「いってくれれば付き合ったのに」
もう、といってダリューゲは頬を膨らませる。
アズルはそんな彼を見て笑うと、先ほど買ったものを取り出した。
「これ……ダリューゲに似合うかな、ってさ」
それは、緑色の石がついた髪留め。
アズルとダリューゲがつけたイヤリングに似た色の……――
ダリューゲはそれを見て大きく目を見開く。
そして彼が差し出してくれたそれを受け取った。
「これ……」
「ダリューゲにはいつもお世話になってるからさ。
そのお礼に、ね……
でも、逆に迷惑かけちゃったや」
ごめんね、とアズルは彼に詫びる。
ダリューゲはそれをまじまじと見つめると、その髪飾りを自分の髪につけた。
「どう?アズル?」
つけてみた、といってダリューゲは笑う。
彼に託された国の紋章であるイヤリングと、彼がプレゼントした髪飾りが揺れる。
アズルはそれを見て嬉しそうに笑った。
そして"すごく似合うよ"と言う。
そのままふわりと微笑むと、いった。
「いつも、本当にありがとうね、ダリューゲ」
「ふふ、どういたしまして。
でも、お願いだからあんまり一人で出掛けないで?」
心配になるから、とダリューゲは言う。
アズルは彼の言葉に笑うと、気を付けるねといって笑ったのだった。
―― 君への贈り物 ――
(僕らの信頼の証とお揃いの色
それを君にプレゼントしたかったんだ)
(その贈り物は嬉しかったよ
でも君が危険な目に遭う子は嫌だな)