「ばっかじゃねーの」
真正面から罵声を浴びながら、顔のいたる所へ乱暴に絆創膏や湿布を貼られ、痛みに目をつむる。
目の前の茶髪が少し下に移動し、鼻をかすってくすぐったい。
なんなら、くしゃみでも出せそうだ。
頬をさすりながら、俺ははは、と小さく笑う。
「ごめん。でも、売られたケンカは買う主義なんだ」
毎度のセリフに聞き飽きたようで、わざとらしい大きな溜め息を吐かれた。
気が付けば、腕や足にまで、絆創膏やら何やらが貼られている。
手際が良いのは、手当てに慣れさせてしまったせいだろうか。
そうだとしたら申し訳ない。
ケンカをするのは俺の勝手で、怪我をするのも俺の勝手だ。
けれど、いつだって俺の傷に絆創膏を貼るのは、彼。
「気にすんならケンカなんかすんな」
どうやら顔に出ていたみたいで、心の声へ返答がきた。
彼の言ってることは正論すぎて、もはや頭に残らない。
だからこうして、同じ言葉を何度もかけるし、かけられる。
“するな”と言われていることをするのは、きっと人間の性。
決して誰かを困らせたい訳じゃない。
「だいたい、黒髪眼鏡って普通は優等生の真面目くんなんじゃねーの」彼は顔をしかめるけれど、そうは言われても、俺はどうすることもできない。
黒髪なのは、染めるのが面倒くさいだけ。
眼鏡なのは、目が悪いだけの話だ。
「コンタクトにしようかな」
「そーゆー話じゃねーよ」
間髪入れず返され、俺はまた苦笑する。
言ってみただけ。
「何でケンカすんだよ」
下から見上げられ、俺は笑顔で彼の頭を撫でる。
彼は納得いかないという顔をしながらも、おとなしく俺の行動を受け入れた。
「秘密。知られたら、逃げ出しちゃうかもしれないよ?俺がいなくなったら嫌でしょ?」
斜め45度で微笑んでみれば、彼の顔がみるみる紅くなり、頭上から拳が降ってきた。
「清々するわ!ばーか!いなくなるな!」
彼の言ってることは、滅茶苦茶だけどわかりやすくて良い。
『顔に書いてある』とはこのことだ、と思いながら彼を見る。
「茶髪で目つき悪い上に、視力もよくないから、ガン付けてる様に見える。のに、上級生に目付けられないの?」
とぼけた風に言えば、彼は眉間に皺を寄せ、前髪をつまんだ。
「そんなに茶色くねーだろ」
声の音量から考えるに、俺に話し掛けている訳ではなさそうなので、相槌は打たない。「これは地毛だし、目つき悪いのは生まれつき」
突然話題を変えたことへの突っ込みは無いらしく、彼は話を続けた。
まあ、俺がby the wayを乱用するのはいつものことだから、取り立てて気に留めることもないのだろう。
「目細めれば視力なんて関係ねぇ」
その細めるってのが、傍から見ればガンを付けてるように見えるんじゃないかな、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
「まあそんなことどうでもいいか」
話題の提供者の言葉ではないが、話を収拾するのは提供者の役目なのだから仕方がない。
「そーだ。今はお前がケンカしてるのは何でかって話だろ」
こんなにわかりやすいヒントを出したのに、彼は全く気付いていないようだ。
そんなところが可愛いのだけれど。
「敢えて言うなら…」
「言うなら?」
「君に手当てしてもらえるからか」
な、と言いかけて、俺の口は塞がれた。
彼の拳が頬にクリティカルヒットしたことにより。
「痛い…」
そう言って頬をさすれば、「自業自得だろ!」なんて言葉が返ってくる。
「ホントはどうなんだよ」
「売られたケンカは買う主義なんだ」
「毎回それだよな」
“俺に”売られたケンカではないけどね。
俺が全部のケンカを買っていれば、彼に被害は及ばない。
でもそんなこと正直に話せば、彼は怒ってケンカを買いに行く。
彼は強いから、絶対に勝つだろうけど。
だからこそ、秘密。
もし彼が全員倒しでもしたら、彼にケンカを売る人がいなくなってしまうから。
そんなことになれば、俺が傍にいる理由なくなっちゃうしね。
「本当の理由は、一緒にいられるように、だよ」
「だからそういうのやめろって言ってんだろー!!」
彼の照れ隠しは痛い。
でも好きだから良しとしちゃうんだ。
あれ。俺って結構Mかも。
君の隣にいつまでいられるのかな。
とりあえず、俺がケンカしてれば手当てに駆けつけてくれるし、彼も守れる。
一石二鳥だね。
見事な悪循環だけど。
『ずっと』とか『永遠』とかそれは夢物語だって知ってる。
でもとりあえず、君の髪が茶色い内は、君が眼鏡をかけるまでは、俺は君と一緒にいられる。
(君が髪を染める気なんてないこと、俺とお揃いになるのが嫌で眼鏡をかけたくないことは知ってるけどね。あ、ついでに言えば彼は痛いことが嫌いだからコンタクトにもしないだろうね。)