BAD END「嗜虐の果て」
御堂さんが廃人のままという設定
御堂は美しい、虚無の微笑みを湛えた人形だった
どこをみているのかわからない瞳で、ただにこにこと俺だけに笑いかけていた
そして彼にはその空しい表情しか残されていなかった
俺はそれを恐ろしいと思ったことはない。変わり果てた彼を、否定することもない
俺は過去の残虐を悔んでいた。できることなら償いたいとも思った
だから俺は、彼がどうなってしまっても、見守り続けると決めた
そしてなによりも、彼を――御堂を愛していた。だから恐くなどなかった
罪の贖いと己の願望が綯い交ぜになった、そんな矛盾した理由で俺はここにいた
しかし終わりは、何でもない日の、いつもと変わらない夕暮れにやってくる
「御堂さん、ただいま」
いつもは無条件の微笑とともに迎えられる帰宅の言葉は、寂しく空気を揺らして消える
ベッドに目を向けると、そこには朝に別れを告げたときと同じ体勢で横たわる彼がいた
四肢は投げ出され、瞼は鈍い瞬きを繰り返し、僅かに開いた唇からは浅い息が洩れている
ただひとつ違うのは、そこに微笑がなかったこと
ひとりでゆっくりと、完全な無のなかで生きていること
「そんな、まさかそんなはずは」
思わず零れた呟きに、空ろな瞳が動いて俺を捉えた
俺の瞳の奥を、まっすぐに見つめていた
「みどう、さん………っ!」
それは喜ぶべき兆しなのかもしれなかった
しかしその時の俺の胸の中に、喜びという感情は存在しなかった
ただ苦しくて苦しくて、どうしたらいいかわからない
俺は瞳の奥を覗きこもうとして、ふと躊躇った
急にその行為が恐ろしく思えてきて、俺は目を背けた
そして、耐えられなくなった
俺は部屋から逃げ出した
一度も振り返らずに、背中に突き刺さる視線の真意を確かめないままに
*
それから俺は月夜をあてもなく彷徨った
一人夜の闇を歩いていると、余計に彼のことが思い出され、俺を苦しめた
静かな空気に身を浸していると、いままで自分が恐れていたものがはっきりと、形となって目の前に現れてくるのを感じた
そして自分の愚かさと弱さを知り、絶望した
「御堂さん、こんなに愛しているのに。どうして俺は弱いままなんでしょう」
俺が御堂の絶えない微笑を恐ろしく思ったことがないのは、本当だった
ただ間違っていたのは、その理由は『俺が彼を本当に愛しているから』だと思い込んでいたこと
それが勘違いだったことが、微笑みの消滅をもって証明されたのだ
俺はただただ微笑んでいる御堂に、いつの間にか安心を覚えていたのだった
空虚に変わり果てた彼を、どこか諦めを含んだ眼差しで見守り、そしてそんな彼を愛せるのは自分しかいないという甘い恍惚に、溺れきってしまっていた
しかし笑みの消えた、まっすぐ俺を見る御堂が、俺を愚かな耽溺から救い出したのだった
微笑の消滅、それは彼が意思を取り戻すことの予兆だったにちがいない
そしてそれは俺の願いだったはず。しかし実際に直面してみると、新たな罰がそこにあるような気がしてならないように思えた
だから俺は御堂をまともに見られなかった
俺は――心の底で、御堂が意識を取り戻して、俺の罪を責めるのを恐れていたのだ
もし彼の瞳の奥に憎悪の色を見てしまったら?拒絶されたら?いったいどうすればいい
もう彼なしでは生きていけなくなってしまった俺は、いったいどうすれば?
「くっ――――あはははははっ、なにをいまさら」
俺には逃げる場所も、閉じこもる殻も残されていないのだから、行き着く先など決まり切っていた
大きく息をついて、いつのまにか止まっていた歩みを再開する
景色はすでに光を纏いはじめていた
仄明りに照らされる道の先は、まだぼんやりとしか見えない
この先には、何が見えますか?
嘲笑
微笑