2012-2-8 01:03
ほう、と溜め息をつきカリカリと日誌を記入するため筆を走らせる目の前の男の長い睫を見つめる
「…のう柳生」
「どうかなさりましたか仁王くん?」
「んー…」
「退屈、ですか?」
待ちあきてしまったなら私など放って先に帰ってくださってもいいのですよ今日は部活もないですしお家でゆっくりするなど良いのではないでしょうかそういえば丸井くんは桑原くんを連れて甘味どころに行くんだと笑っていましたし何か食べに行くのもいいかもしれませんねでもあまり仁王くんはそういう場所に行くイメージはないですしやはりお家で歌でも聞いてゆっくりするのが良いのでは…などとペラペラとよく動く形の良い唇
(噛みつきたいのう…)
「……仁王くん?」
「…ん、ああ、大丈夫じゃ
待っとるけん一緒にかえろ」
な?と言えば少し困った顔をして申し訳ない、でもありがとうございますと優しげに微笑む柳生
きゅっ、と
胸が締め付けられそっと目をそらす
柳生の笑顔は、心臓に悪い
力強く掴まれたかと思うとどくどくと鼓動が早くなり顔が火照ってくるような感覚
つくづく自分は柳生に惚れ込んでいるなと内心苦笑した
好きだ
心底、惚れている
柳生比呂士という人間に。
愛おしくて壊れてしまいそうな程に
お前の名を呟く度胸がしめつけられて
でもそのしめつけは不快ではなくて
口の中で噛みしめるように何度も柳生の名を呼ぶ
柳生
やぎゅう
や ぎ ゅ う 、
「はい?」
「っ!!」
声を出したつもりはなかったのだがいつの間にか音になっていたらしく返事をされびくりと肩がはねた
不思議そうに顔を覗きこまれ慌てて目をそらす
「仁王くん?」
「…なんでもなか」
すまんの、と零せば一瞬きょとんとするもすぐにいえ、とにこりと微笑む目の前の紳士
ああ、もう
(なんでお前はそんなに綺麗に笑うんじゃ)
「…やぁーぎゅ」
「はい」
「…なんでもなか」
「? そうですか?」
「やぎゅっ」
「はい、」
「なんでもなかー」
「もう…」
「やぎゅーしゃん」
「…はい」
「なんでもな」
「仁王くん」
仏の顔も三度までですよ、とぺしりと頭をはたかれてしまった
***
トントン、と日誌が机を叩く音が聞こえ腕枕にうずめていた顔をあげる
「おわったん?」
「ええ、お待たせしました」
「ん、お疲れさん」
「ありがとうございます。遅くなってしまい申し訳ありません…やはり先に帰っていただいた方が良かったですね」
「何言うとる。俺が柳生さんと帰りたかったから待っとっただけじゃよ」
柳生さんと帰るん好きじゃー、と背伸びをしあくびをかみ殺しながら言う
ちらりと柳生を見やれば
「………え?」
「っ………」
「…や、ぎゅう?」
「ッあ、の……その、あ、りがとうございます……」
「っ―――――…」
私もあなたと帰宅するのが楽しくて好きですよと珍しくうっすらと頬を染め照れくさそうに笑う柳生の姿に目を見開く
(そんな、可愛らしいかお、)
どくどくと心臓が早鐘を打ち息をする事すら忘れてしまいそうで
感情を落ち着かせるよう唇を噛みぎゅう、と拳を握りしめた
「さ、さあ!仁王くん、職員室に寄って帰りまし」
「のう柳生!!」
柳生の言葉を遮るように声を張り上げる
一拍おいたあとコホン、と一つ咳払いをし眼鏡のブリッジをくいっとあげれば目の前の紳士どのは落ち着いたらしく、呆れた表情を投げてよこす(依然頬は紅潮し可愛らしい顔をしたまま、だが)
「…もう…なんなんですか…
私の名を呼ぶだけ呼んで用事はないというやり取りを何度繰り返せば」
「好きじゃ」
「いいんです……か…………え?」
「好きなんじゃ、柳生さんが」
するりと
手に持っていた日誌が柳生の手から滑り落ちる
教室内はドサッという日誌が床に着地した音を最後に無音になった
「…な、に…を…」
「嘘でも冗談でもなかよ
俺は柳生が好きなんじゃ
ずっと、ずっとな」
目を閉じ好きだと呟く
もう、無理だ
止められない。
この溢れ出す気持ちを、誰が止めることが出きるというのだろう
「……………………ッ…ん、な…」
「やぎゅう?」
「…ッ好、きだとか、そんなっ…
仁王くんが、私を…そんなのあるはずが…」
「…残念ながら、本心じゃき」
「ッでも!あなたは何人もの女性と関係を持っていたではないですか!」
私が知るだけでも10人以上の方がいますよと吠える柳生に目を見開く
――そういうのは疎いと思とったのに、知っとったんか
「…それを突かれたら痛いんじゃがのう」
事実やしの、と頭を掻けばやはり…という顔をし肩の力を抜く柳生
――そんなに俺に好かれとうないんか、こいつは
「全員切った」
「え…」
「全員、縁切った。誰も残っとらん。お前だけじゃ」
「っな…!」
「お前だけじゃ、俺が欲しいのは
好きなんじゃ誰よりも
……愛しとる」
「あいっ…!?ッで、でも」
詐欺師の名をもつあなたですよ、信じられるはずありません。…などと失礼な事を言ってくれる柳生にはあ、と溜め息をつく
こいつは多分、人に好かれる事に慣れていないのだ
柳生のファンというものも居るのだがなんせ内気な奴が多いせいで告白も、バレンタイのイベントに乗る事も、その言葉の通り“何も”しない
だから柳生に好意が伝わる事も、柳生自身が好かれていると知る事もないのだ(教えてやれば自信も出るのだろうがわざわざライバルを助けるような真似する必要もないししたくもないが)
初めて告白してきたのが男
しかも詐欺師と呼ばれるダブルスパートナー
信じられないというのも仕方ないのかもしれない。
が、信じてもらわないと困る
この想いを、うやむやにする気はないのだから
「柳生、俺が信じられん?」
「っ……」
「信じられんっていうなら柳生が信じるまで何度でも言うぜよ
…好いとうよ、柳生」
「っあ…」
「のう柳生…好きじゃ…世界一愛してるって言ってもええ
お前さえ居れば俺は…」
戸惑う柳生の腕をひきぐっと強く抱きしめる
「っ苦し…」
「好きなんじゃ、信じて」
お前に信じて貰えんと、俺死んでしまうかもしれん
顔をうずめ小さく呟けば柳生の震える手が俺の背中に回った
「やぎゅ…?」
「見ないでください!」
「っぐふッ!!」
驚き顔を見ようとするも後頭部を掴まれ再び柳生の肩口に強く押し付けられ、動けないようにぎゅう、と抱き込まれる(これは悔しい事に俺より柳生の方が身長が高いせいであり決して俺が抱きつきにいっていたわけではない。というか俺はこれでも抱きしめているつもりだったのだ。最終的に抱き込まれてしまったが。)
「……仁王くん」
「ッ――…!」
仁王くん、とただ俺の名を繰り返す
柳生が話す度に吐息が耳にかかり背筋に痺れが走り抜け目をぎゅっと瞑り耐える
「わ、たしは…」
「……え…?」
「信じていいんですか…あなたのその言葉を」
「なん…」
「あとで罰ゲームだったとか詐欺だったとか…言いっこなしですよ…?」
ゆっくりと頭を押さえつけていた柳生の手が離れる
俺が顔を覗き見ようとするよりも先に
ふわりと
唇に柔らかい感触がひろがった
「っえ……」
「……好きです、仁王くん
私も、あなたの事が
多分あなたが想ってくださるよりもずっとずっと前から
私はあなたの事ばかり見ていました」
耳までを赤くそめあげながら小さな声で告げる柳生
ああ、どうしようか
うまく声が出せそうにない
「や、ぎゅうさん…それ…ほんま?」
肩を掴み緊張の余りひどく震えた声を無理やり絞り出す
なんて滑稽なのだろうか
あの詐欺師の俺が、こんなに無様な姿を晒している
「っ…」
「な、柳生さん。答えて?」
もう一回教えて欲しいと甘く囁く
目の前の紳士殿が小さくばか、と呟きながらもしっかりと頷くのと俺の両腕で力いっぱい抱きしめたのは同時だった
きみがすきだとささやいて
(やーぎゅ!だいすきじゃ!)
(……返品不可、ですからね)
(あほう。返せ言うても返さんわ)