わたしは実の母親から盛られた毒入りスープの味を知っているし、血の繋がらない父親に握らされた下半身の硬さを知っている。
理由もなく殴られる屈辱も知っているし、身体にガタがきても病院に行かせて貰えず、一生残った後遺症がどんなものか身をもって知っている。
愛人にうつつを抜かす父親に絶望して自殺した母の姿を見て、半狂乱になった姉の般若みたいな顔も知っているし、「しつけ」のために出刃包丁で刺されたお兄ちゃんの血の赤も知っている。
わたし名義の全財産を奪った挙句、わたしより男を選んで縁を切る母が浮かべた「自分こそ悲劇のヒロイン」のような表情を知っている。
心中に誘う優しくて冷たい兄の手を覚えている。

それでもわたしは「あんたは呑気な人生歩んでそうだから、人の苦しみなんてわからないだろうね」と悩める人にたびたび言われてしまうのね。

そりゃあ他人ですもの。あなたの苦しみなんてわからない。

でも、言葉にできないような、しても他人にはつたわらないような想像を絶する過去を持った人なんて沢山いる。それくらいはわかるよ。

目の前の笑顔を浮かべている人が何を背負っているかなんてわからない。
もしかしたら、背負っているものが重すぎて背骨を曲げることもできないし、倒れ伏すこともできないのかもしれない。

皆何かしら一つくらいは薄暗い過去を背負っている。

それの想像すらつかない人は、他人のことを考える余裕がないほど追い詰められてるのか、まだ本当に辛いことを経験したことがないのか、自己中なのか。

いずれにせよ、そういった方たちにわたしがしてあげられることはなにもない。



話題:秘密