先週土曜日の早朝に旦那の叔父が64歳の若さでこの世を去りました。
叔父さんは、癌という病と3年、戦っていました。自宅から病院まで車で片道4時間程の道のりを毎月通っていました。
お正月に見た叔父さんはとても元気で、顔色も良くて癌だなんて思わせないくらいでした。ところが先週水曜日くらいに調子が悪くなり入院。
私も旦那も水曜日にすぐにお見舞いに行きました。
相変わらずのギャグを言ったり元気そうな姿を見てホッとした気持ちで帰ってきたのですが、金曜日に容態が急変。夕方に慌てて病院へ。
病室には、既に息子さん達が叔父さんを囲んでいました。
誰にもお見舞いに行くなんて連絡していないのにも関わらず、叔父さんは私達が来ることを知っていました。
もう会話なんか出来る状態ではないはずなのに、その日の朝から喋りっぱなしらしく、旦那にも遺言のような内容を小さな声で話し始めました…こんな私にも叔父さんは話してくれました。
30分程話を聞くと、遠くから親戚一同が続々と到着し、私達と同じように叔父さんのお話しを一人ずつ聞いていました。
全員と会話をし、“少し疲れたから眠りたい”と叔父さんが言ったのが夜9時。親戚一同はホテルをとって泊まり、私達は一度自宅に戻りました。
旦那と
「叔父さん沢山話せていたし…元気になるといいね。」
などと会話をしながらずっと叔父さんの事を考えて眠りました。
翌朝…7時位に叔父さんが亡くなったと連絡が入りました。最後の対面をしに病院へ。
複雑な気持ちで車の窓から降ってくる雪を眺めていました。
病室に入り見た叔父さんは、それは綺麗な顔で…体は少し小さくなっていた気がしました。
全員が対面し、叔父さんは家族と一緒に自宅に戻っていきました。片道4時間の道のりです。
私達家族も一度自宅に戻り、出発の準備をして叔父さんの自宅に向かいました。
普通なら4時間位で到着するんですが…とんでもない事態に巻き込まれ、到着するのに25時間かかりました…(この話はまた後日、日記に書きます)
お通夜を終えて、次の日にお葬式、そして火葬をしました。
私は、自分のお爺ちゃんのお葬式以外、身近な人間の死を経験したことが無く、また長野ではお通夜を終えてから火葬しお葬式をするため、北海道に住む私はお爺ちゃんの火葬に間に合わず、手を合わせたときにはお爺ちゃんはもう灰になっていました。
今回叔父さんの死を目の当たりにして私は命について考えさせられました。
灰になってしまった叔父さんを見て、人間てなんてあっけないんだろ、数日前まであんなに元気そうに会話していたのにって。
病と戦い生きることに精一杯の力を注いでいた叔父さん。私がお正月に見た元気そうな叔父さん…その時には叔父さんは自分の命がもう3ヶ月も持たないことをお医者様から聞いていて知っていたはずだと、亡くなった後お医者様が話していました。
でも家族を含め周りの人間にはその事を一切話してはいませんでした。
皆さんは自分の死の期限を知っても周りに笑顔で接することができますか?
叔父さんの笑顔はいつでも本当に幸せそうでした。きっと毎日を精一杯生きていたからでしょうね。
最近は自殺したいとかって人が沢山いますし、実際昔より自殺する人も多いです。辛いから、生きてる意味が分からないから…理由は色々あるでしょうけど、でもやっぱり生きてほしいです。
生きてる意味なんて、もうじき30を迎える私にもわかりません。
生きている意味がわかったら人はどうするんでしょ?わかったからって生きるのをやめたり、じゃあ生きるかって、そんな風になるんでしょうか?
命が産まれる素晴らしさ、この世から居なくなってしまうあっけなさ…でも生きていた時間はみんなの記憶に残ります。
私もいつこの世を去る時が来るかわかりませんが、叔父さんのような笑顔でいられるように、いつも精一杯生きていきたいなって感じました。
あと、今妊婦さんの方やもう少しでパパになる方…これから産まれてくるベビちゃんがどんな子でも、色んな輝きを放てる素敵な命を産む事の幸せ、親になれる幸せを忘れないで欲しいです。
私も親です。
毎日ガミガミしちゃっても、そのことは忘れずにいようと決めました!
今回は少〜し重い内容でしたが、たまにはこんなhitomiもありかと(笑)
最後まで読んでくださってありがとうございましたv