あれは俺が高校を卒業し大学受験に失敗して福岡の予備校の寮にいた18の夏だった。温暖化が取り沙汰されている今よりも暑い…そう…日照りが続き福岡も給水制限が実施されていた夏だった。
予備校にも慣れ、同じ寮の同じ階にいた宮崎出身の村上晴彦という悪友ができたばかりの頃だった。晴彦は身長は低く160ちょっとしかなく、髪は茶髪でクルクルと如何にもおばさんパーマをかけたような天パーだった。
5月も終わりになる頃には早くも俺達は予備校の授業をサボるようになっていて、毎朝8時に寮を出ると予備校でタイムカードを押し、そのまま予備校とは反対の道、当時は予備校生ばかりが通るということで、通称「親不孝通り」と呼ばれていた通りを天神方向に200メートル程行き左に曲がったところにあった、一見洒落た「パッション」という名の喫茶店に行く。
そして薄暗い店内の茶色の革が所々破れた穴を黄色のガムテープで繕った、ちょっと体重をかけるだけでギシギシと壊れそうな音をたてる古い椅子に座る。
29になる今までに俺が好きになったり付き合ったりした女は12人。その半数の6人の女がもういない。「いない」というのは俺の近くにもういないというのではなく、この世にもういないという意味。
俺が殺したわけではないが、女達にとって俺は死に神だったのかも知れない。
6人の女達の中で、不思議と心の奥底にへばりついて決して消えることのない女がいる。その女は佐々木結(ゆい)。