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猫送り

確かそれは、僕がその人のことを、"ママ"から"お母さん"と呼び始めた頃のことで
それは僕にとって、少なくともその頃の僕にとっては一大事だったから
彼女がそれに気付かなかったことが
多分僕をそうさせた。
彼女は潔癖症でヒステリックだった。
だから当然「駄目よ」、そう言われることも分かっていた。
だけどその野良猫は、確かに僕を呼んでいたから。
"お母さん"が朝食に目玉焼きを皿に移して持ってくる。
子供はいい身分だと思う。
僕の足下に擦り寄ってくるこの猫には、何も与えられないのだから。
母はそれを見て、癇癪を起こした。
触るのも嫌だと言って、猫を蹴って払った。
だから僕はその日の夕刻、路地裏の猫の溜まり場で
無防備に僕に着いてくるその猫の、細い首を掴んで、
僕はついにその猫を、
僕だけのものにした。
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羽根

もしもわたしが明日空へと旅立ったなら
あなたはどうかそれをすくって空へ埋めて下さい。
そしてあなたも追いかけてきたくなったら
ぜひいつでもいらして下さい。
丁重に送り返しましょう。
あなたの瞳が一つ、潰れる度に
わたしに羽根が生えていくわ。
いつか13枚目が生えたら最後の一つを奪って逃げるわ
わたしは自由になるの
14枚の羽根を貰ったわたしと、それを失ったあなたで
いつか見た夢は先に行ってしまったわ。
きっとそこでは春が来るより桜が散る方が早くて
途方もなくあなたは泣くしかないのよ。
だから、ね、わたし独りでいくの。
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焦がれる。

ほのかな甘い香り、夢の味、真っ赤な色。
ぼくの世界を指で掬ってあなたが嘗めた。
少しずつ切なくなる、熱く深く優しい。
ぼくの世界を胸に抱いてあなたが泣いた
でもぼくはここに来て、隣に座る。
空は酷く青く、ここは寒く、「会いたい」と願わずにいられないのに、「生きたい」そう零したあなたを恨んだぼくがいたのを覚えてる?
雨の日は傘をさして、晴れたら花に水を。
たまに泣いたり笑ったりするあなたを見てた。
でもどちらかと言ったら、もしそう聞かれたら、あなたはいつも笑っていたと、きっとそう言うよ。
ただ一つの言葉も嘘に出来ないのに、その目と髪と唇と、「ここにいて」、ぼくにはそれが嘘に聞こえた。
「一緒ね」
そして一人遠ざかる時に、ぼくがいるのを覚えてた?
空は酷く青く、ここは寒く、「会いたい」と願うなら走っていくのに、「ここにいて」、そうやってあなたがここに縛ったぼくがいるのを覚えてる?
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神様

途切れた雲の隙間から漏れる光が、誰かの足の下で指を舐めているわたしを照らす。
初めて夢を見た夜には、月が海に影を差しながら、それはとても優しかったけど。
熟した熱がたぎる。
わたしはまだ幼すぎる?
美しいわたしの神様、この体を抱いたはず。
わたしの味を覚えたはず。
眠りたいならここで冷たくなってね。
それから終わりだと言って。

暗い部屋の中、赤と白で泳ぐ可愛い魚。
わたしは水槽の水に少し毒を盛った。
もう降りたかしら?
わたしはまだ幼すぎる?
美しいわたしの神様、この体を抱いたはず。
わたしの味を覚えたはず。
目覚めることのない眠りを。
叶うことのない祈りを。
ねえ、わたしはまだ幼すぎる?
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花嫁

「綺麗……」
思わず口をついて出た言葉は、隣に立つ姉とハモった。
わたしたちはクスリと笑い合って、またそちらへ視線を戻した。
ヴェールを被って、少し恥ずかしそうにヴァージンロードを歩く彼女は、それはそれは綺麗だった。
わたしは泣いた。
おめでとう、おめでとう、とどこからも囁くような声が飛び交っていた。
テラスに出て、花びらの中を泳ぐように進む彼女は、やっぱり恥ずかしそう笑っていた。
わたしはブーケを本気で狙ったけれど、ああいうものは狙うと取れないのか、わたしの手をバウンドして、隣のお姉さんの腕に収まった。
羨望の眼差しは、それから何度もわたしの瞳を濡らした。
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