あなたはわたしのことをいろいろなあだ名で呼ぶから、わたしはもうどれが本当の名前か分からなくなってしまった。
今や
「姫!」
そう呼ばれて振り返るわたし。
何をもってわたしを姫と呼ぶのか。
あなたのネーミングセンスはちょっと可笑しい。
水槽を泳ぐ金魚に「ぎょ」という名前をつけたり、ほんと、笑える。
「めい!」
「めいちゃん!」
「めい子!」
「めいめい!」
「姫!」
「犬!」
そうかわたしは犬なのか。
愛しいと思ったことがある。
知らない人だった。
なぜか守ってあげたくなるような人で、
だけどその人は自分がそうありたいと願うところにいる人で、
多分ただの憧れだった。
わたしはどうあるべきだろう。
人をあてにしているのではないか。
バレリーナになりたいわけじゃないよ。
諦めかけている夢がちゃんとあるよ。
踏み出してそれた道なら自信をもって突き進むよ。
あの人もそうだったみたいだ。
ごめんね。
歌、歌っていてね。
いつかあなたの、平和を祈る歌が、
中学生の教科書に載って、
それでも増え続けるであろう石碑を見て、
歌唄いってバカねって言えるまで、
どうか歌っていてね。
home again home again where shall I go?
「ほんと、ロクデナシね」
双子の姉は、わたしに似ていない。
一卵性双生児とは名ばかりで、わたしの方にだけ、どっかに違う遺伝子が組み込まれてしまったに違いない。
そう、ロクデナシの遺伝子が。
だけど一応同じ血を受け継いだ妹のことを、何かにつけてロクデナシと罵る姉こそ、ロクデナシなのではないのか。
ああそれじゃあわたしたちはやはり同じ卵から生まれた不幸な子供なのだ。
何をするのにもわたしより頭一つ飛び抜けた姉が、飛び抜けていないのは実際の身長くらいのものだ。
わたしたちは一対。
思春期はアイデンティティを形成する大事な時期だと保健の授業で教わった。
劣等生でもいいじゃないか。
生まれたからには生きてやる。
生まれたからには生きてやる。