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超新星(35)





「ここにいたのか。」
「おー。お前も飲む?」


蒸し暑い夜、涼しげな音を奏でる川のすぐ近く。
二度寝出来ず散策を始めて行き着いた先には、一人でほろ酔い状態のバカ河童がいた。


「……寄越せ。」
「はいはい。」


どこからか取り出した紙コップに、透明な液体が注がれる。
無駄にゆらめき輝きを放つその表面を眺めながら、悟浄の横に腰を下ろした。


「フラフラ出て行って酒盛りとは、大した御身分だな。」
「まぁたまにはいいじゃないの。それに今夜の酒盛りはついでだから。」
「ついで?」


眉を潜めると、悟浄はゆっくりと空を見上げた。
長い髪が顔から滑り落ち、思いのほか穏やかな表情が露わになる。


「今日、何の日か知ってる?」
「知るか。」
「つれないねぇ……七夕だよ七夕。」


七夕。
かつて仲を引き裂かれた織り姫と彦星が、年に一度だけ会うことを許された日。


「で?」
「『で?』じゃねぇよ!ロマンチックだろ?」
「ほぅ。」
「ほぅ、って……」


反応が薄かったためか、がっくりと肩を落とす悟浄。
その様子に少々苛立った。


「そもそも一年毎にしか会えないのが寂しいなんざ完全に人間基準じゃねぇか。星の寿命で換算したら人間が数秒毎に会ってるようなもんだろどうせ。」
「うわ、完全に夢破壊しやがった。」


じっとりとした視線を向けられたことに満足し、再び酒をあおり始める。


「それでも。」
「あ?」
「数秒毎って換算したら、会ってられる時間は何百分の一秒だろ?そんな細切れでしか会えないなんて、寂しーんじゃない?」
「………」


無言で横を向けば二カッと笑う顔が目に入り、思わず舌打ちした。


「えっ何、俺そこまで気に入らないこと言った?」
「別に。」
「じゃ何なんだよ……っと!?」


訝しげな顔をした奴を、何の前触れもなく押し倒す。
少々焦りだす姿にほくそ笑みながら、肩口に顔を埋めた。汗ばんだ鎖骨に舌を這わせる。
───しょっぱいな。


「っ、お前ここ外だぞ?!」
「それがどうした。」
「〜〜〜!何で急に盛ってんだよ!」


顔を上げてニヤリと笑うと、奴はビクッとしてから視線を逸らした。抵抗を諦めたのか、肩の力も抜けている。
その態度に湧き上がる感情を抑えきれず、噛みつくように口づけた。




空の上のことなんざ、気にかけないで良い。
こうして実際に触れて、どろどろになるまで思考をかき回して惑わす。そんなことが出来るのは俺だけだろ?
たまの逢瀬で満足している奴らよりずっと、イイ思いさせてやるよ。




そんな考えに至る自分の盲目っぷりに苦笑しつつ。
息を切らして涙目になっている悟浄の服に、俺は手をかけた。




【END】




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成長宣言(93)





「さんぞー!早く早く!」


ザーザーと途切れることなく降り、視界を曇らせる雨。
物思いに耽ることもなく進み続けているのは、先を行く底抜けに明るい声のせい。


「ったく、何で勝手についてくるどころか追い越してんだこのバカ猿!」
「えー三蔵が遅いからじゃん。」
「……チッ」


クルリと振り返り、黄色い傘の下から顔をのぞかせる悟空。
その呑気な表情を視界に入れた三蔵は、ふと歩みを止めた。


同時に覚える既視感と違和感。
前者はかつて、共に寺院を目指し果てしない階段を上ったときのものだろう。今向かっているのも、旅先で世話になろうとしている地元の寺なのだから。
周囲に茂る木々も、他者を寄せつけない雰囲気も。あらゆるものが酷似している。
ならば、後者は?


「さんぞー?」


いつかのように先走りすぎた養い子が、いつかのように駆け戻ってくる。
徐々に近づく距離。大きくなる足音。


そして、いつかよりずっと高い位置で止まる黄色い傘。


「あぁ、そうか。」
「なに?どうかした?」
「いや。」


言葉を濁し、歩みを再開する。
コイツも成長したのか、などと柄にもないことを考えてしまったこと。それに動揺したことを誤魔化すように。


「?変なの。」
「お前は昔と変わらねぇなって思っただけだ。少しは成長しろ。」
「なんだよそれ!」


抗議の声に足を止めることなどなく、前ばかり見て進む三蔵。
それに気づいた悟空は階段を駆け上り、敢えて前に回り込んだ。
いつになく真剣な表情を浮かべる養い子。怪訝な顔になる保護者。




「成長、するよ。そろそろ。」



そう言ってから、ニカッと笑ってみせる。


「…!?」


予想外の言葉と表情にギョッとし、動きを止める三蔵。ここが階段でなければむしろ後退っていたかもしれない。
そんな様子を見て満足気に笑みを深めた悟空は、軽やかに階段を上りはじめた。


「……んだよ、馬鹿猿のくせに…!」


悪態をついてみても、鼓動がおさまる様子はない。
不意打ちとはいえ養い子に平静を奪われてしまった。その理由が分からないまま、三蔵は無意識に煙草を取り出した。
湿気た空気の中流れゆく煙を目で追えば、あっという間に小さくなってしまった悟空が見える。


「やっぱりただのチビじゃねぇか。」


では、この不可思議な感情は何だというのか。
ますます混乱した三蔵は、腹いせにまだ長い煙草を踏みつけることしか出来なかった。
頭に浮かんだ答えまでも、消し去るように。




【END】




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日常茶飯事(39)

「なー三蔵。」
「何だ。」
「腹減った。」
「さっき肉まん食っただろ。」
「あれじゃ足りないもん。」
「もん、じゃねぇよ。」


旅の途中、宿にて。
昼食まで暇を持て余した一行は、部屋でグダグダと過ごしていた。

日常イコール戦闘と言っても過言ではない彼らの、数少ない寛ぎの時間。
八戒はインスタントコーヒーを人数分淹れながら、その些細な幸せを噛みしめていた。
街の気候は穏やかで、外から入ってくる風も爽やか。額を擽る前髪の感触すらどこか心地よい。
本当に良い日である。


「……八戒。」
「はい?」
「何とかならねぇの、あれ。」


だから悟浄がげっそりしながら小声でそう言ったときも、何の話かさっぱり分からなかったのである。


「あれだよあれ!アイツらの体勢!」


二人の視線の先にいるのは、一行の名義上のリーダーとその被保護者。
彼らの会話内容は冒頭のようなものなので、特に問題点は見当たらない。むしろ意味すらない。

しかし。


「何で仲良く背中合わせしかも寄りかかってんの?!」


そんな会話をしながらも、2人は互いに体重を預けるようにして背中合わせに寄り添っているのだ。


「あぁ、そんなこと。」
「そんっ…!」
「良いじゃないですか。ジープの上での貴方と悟空みたいに騒いでるわけでもないし。」
「うっ。」
「むしろ微笑ましいと思いますよ。」


最早我が子を見守るかのような眼差しで2人を見ている八戒に、悟浄は頭痛がひどくなったように感じたのだった。
が、そのとき。


───ビュンっ


「っ!?」
「さんぞっ!」


開け放たれていた窓から、何かがすごい勢いで飛んできた。
それは、明らかに三蔵を狙っていて。


「悟空っ!」


次の瞬間八戒が見たのは、咄嗟に三蔵の前に飛び出している悟空だった。
防御壁が間に合わない…!




──ぽて




「は?」


想定外に軽い音と共に地面に転がったのは、ただの野球ボールだった。


「んだよ、脅かすなよ……」
「最近ピリピリし過ぎですかね、僕達。」
「ってぇ……」


全員一気に力が抜ける。
しかしボールとはいえ腹に衝撃をくらった悟空だけは、そのままひっくり返ってしまった。
倒れかかる先には、三蔵。


「大丈夫か?」
「へーきへーき。俺丈夫だし。」
「そうだな。」


その体勢のままへにゃっと笑う悟空に、何事もなかったかのように煙草を取り出す三蔵。


「……何あのナチュラルに前以上に密着してるカンジ。」
「ははは、心配したなら素直に言えば良いのに。」
「誰があんな猿の心配なんか」
「いえ、貴方じゃなくてですね。」


急に吹き出した八戒の目線を辿れば、悟空の頭の後ろで軽く俯く三蔵が目に入る。
煙草を支える手は、僅かに震えていた。




【END】


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早口の理由(58)



「あ゛ーやってらんねぇ!」


夜中、とある大学近くのラーメン屋。
部屋の隅に陣取った男4人の内一人が、飲み干したばかりのコップを思い切りテーブルに叩きつけた。
派手な赤い長髪が、その勢いに合わせて踊る。


「何?さっきまた先輩に注意されまくったの気にしてんの?」
「あれだけ早口になってりゃ、言われない方がおかしいだろうが。」
「まぁ、説明する立場ですからね……」


そんな言動にも慣れているのか、周りの男はマイペースにラーメンをすすっている。


「てゆうか、最後何言われてたんだよ?」
「お前、好きな子のまえで緊張して早口になるタイプだろって……」
「………何だそりゃ。」
「え、悟浄ってそうなんだ?」
「悟空、そこ突っ込みますか。」


彼らが話しているのは、サークルの野鳥観察会の練習でのことだ。
客に野鳥を解説する係についている悟浄が、緊張してどうしても上手く話せないのである。


「まぁ否定はしねぇけど、さ……」
「元気出して下さい。大体貴方が早口なのはいつものことじゃないですか。」


何とか彼を慰めようとするのは、悪友の一人八戒である。
多少毒舌なのはご愛嬌だ。


「え?そうでもないよな?」
「コイツの存在自体ムカつくとはいえ、敢えて言うほど喋りが早いとは思わねぇが。」
「はい?僕はいつも早いと思いますけど。」


しかし、他二人に否定されてしまった。
八戒は首を傾げる。


もしや自分は自分の思う以上にのんびりしていて、悟浄の喋りを早く感じてしまうのか?
それとも実際、悟浄は自分に話すときだけ早口になっているのか?
だとしたら、その理由は?


まさか……


「悟浄、貴方的にはどうなんですか?」
「…………」
「悟浄?」


困り果てて悟浄の方を向けば、完全に突っ伏して眠ってしまっていた。


「逃げたな。」
「何なんですか全く。……っ!?」
「ん?どうかした?」


しかし。
その深紅の髪の間から見え隠れする耳は、髪と同じくらい真っ赤になっていて。
それに気づいてしまった八戒は、何も言わずただ真っ赤になることしか出来なかった。



【END】




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悪くない。(53)




───ガチャ



「おー、遅かったな。」
「…………」



ノックなどせずに無言で部屋に入ってきた最高僧に、俺は苦笑した。



「お前だけか。」
「八戒が荷物持ちに猿連れてっちまったからな。ったく何で俺が留守番なんかしなきゃなんないのよ。」
「留守番?」



片眉を吊り上げる三蔵。
それでも無駄に整って見える顔に、ため息をつきたくなる。



「八戒が、三蔵が帰る前に部屋出たら後でどうなっても知りませんよーって言ってくんの。あー怖ぇ。」
「怖いのは単に日頃の行いが悪いからだろうが。」
「お前には言われたくねぇよ。……さーて、行くか。」



腰かけていたベッドから立ち上がろうとする。
………が、



「待て。」
「………三蔵サマ?何押し倒してくれちゃってんの?」



次の瞬間、視界がひっくり返っていた。
おかしい。この俺が簡単に組み敷かれるはずは……



「バーカ。」
「………っ!」



不意に額に感じた冷たさに、つい目を閉じてしまった。
そっと目を開けば、心なしか揺れる三蔵の瞳が目に入る。



「お前、やけに手冷てぇな。」
「お前が風邪ひいてっからだろ。」
「風邪?」



そういえば、体が熱いような。



「馬鹿は風邪をひかねぇんじゃなくて気づかねぇんだよ。せいぜい大人しくしてろ。」
「え、何?俺のこと心配してくれてんの?」
「さぁな。」



フッと笑い、俺の上をどく三蔵。
その後布団をかけるためにわざわざ近づいてきたのを見計らい、顎を軽く掴んで引き寄せた。



「………病人が盛ってんじゃねぇよ。」
「良いだろ別に。」



気遣いへのお礼も兼ねて、贈ったキス。
うつさないように、頬に落とすだけでやめておく。



「じゃー、ちょっくら寝てるわ。」
「好きにしろ。」



俺の枕元で、新聞を広げる三蔵。
自分を心配し世話してくれる人がいることに幸せを感じつつ、目を閉じる。
そしてゆるゆると襲ってくる眠気に従って、夢の世界へ旅立った。



たまには、風邪も悪くない。



【END】




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