蝕まれたものと襞のあるもの







結婚して約半年で、ようやく妊娠した幼妻に、銀時が芯から落ち着いたのはここ最近からだった。
それまでは、朝から晩まで神楽を掌中の珠のように可愛がり、可愛がりすぎて、懈怠の色が抜けない神楽が、色気ムンムンで街を歩いて他の男を悩殺してしまう、という日常だったのだが、ようやく歌舞伎町に平和が訪れたといってもいい。
新八やお登勢などは大層喜び、今から叔父や祖母といった立場で神楽に接してくる。元から神楽には甘い二人だったが、さらに甘くなり、銀時がちょっとした粗相をやらかそうものなら、目を釣りあげて怒ることも増えた。溺愛や寵愛はいいが、ちょっとでも神楽に迫る銀時を見ると、新八などは鬼の形相で銀時を鼻フックで投げ飛ばした。神楽は、ひとまず安心である。
家事も、新八と銀時がほとんどやってくれる。神楽はただただ、お腹の子供を無事に出産するために、日々元気に過ごすことだけを義務づけられていた。
そんな二人の旦那さんといえる万事屋に囲われて、神楽はすくすくとお腹の子供を育てた。
もう三ヵ月目で、だいぶんお腹が大きくなり、歩くのも慎重をきたすほどだ。
今日は定期健診の日で、銀時と一緒に散歩がてらに外に出た。
転ばないように、銀時と腕を組んで歩いていると、歌舞伎町のそこら中から、神楽の様子をうかがう声が聞こえる。歌舞伎町きってのロリコン夫婦に、当初あった銀時への憐れみの視線は少なくなっている。キチガイのようにこの幼妻に惚れている旦那だが、無事妊娠したとあっては、もうそういう噂は無粋でしかない。まだまだ十六歳で子供の神楽だが、立派に外では銀時の妻として扱われた。そうしないと銀時が許さないからだ。
大通りに入ると、通りの向こうから、真選組の二人組がやってきた。沖田と土方だ。
神楽がべえっと沖田に向かって舌を出すと、沖田は腹ボテの神楽を見てふんっと嘲笑った。


「どんだけ食べまくったらそんな腹になるんでィ」


厭味を言うのも忘れない。


「太ったんじゃないモン。妊娠したからアル! べえっ」


意地悪な沖田にまた舌を出し、神楽がぷいっと首を振る。
隣の土方と視線を合いそうになり、その大きな瞳で見上げると、土方が熱いまなざしでやっぱり神楽を見ていた。
妊娠しても、土方は天女のような神楽にぞっこんである。もはや一生、“隷属の恋”というものに囚われてしまったのかもしれない。
時々、こうして秘密のやりとりで恋の対話をする二人に、堂々としすぎじゃね、と沖田なぞは苦虫を噛み潰したような顔でいるが、銀時は幸せいっぱいの顔で神楽に微笑みかけた。


「でも神楽ちゃん、つわりが終わったら、食べすぎ注意だぞ」
「つわり、酷いのか?」


土方がたずねると、神楽はこくんと頷いて悲し気な顔をした。


「普段めちゃくちゃ食べるから、逆に食べれなくなったんだよな」


銀時が、神楽の頭を撫でながら答える。
つわりには症状にいろいろな種類があり、食べると吐いてしまういわゆる「吐きづわり」、逆に食べないと気持ちが悪くなる「食べづわり」のほか、眠気やだるさがひどくなる「眠りづわり」、よだれがたくさん出る「よだれづわり」などがある。
だいたい、15週目から16週目あたりに落ち着いてくるといわれているが、神楽は普段食べる反動で、「吐きづわり」の期間が長く、銀時や新八、お登勢やキャサリンでさえ、心配させるほど吐くので、毎日銀時が栄養管理をして、神楽にできるだけ食べさせるようにしていた。


「つわり中は、食の好みも変わったアル。大好きだった酢昆布が、大嫌いになったアル…」


神楽が唇を尖らせて口惜しそうに言うので、その姿がまだまだ子供で、銀時はふっと優しく笑って神楽を覗き込むと、その瞳を掬い入れるようにして神楽のお腹をゆっくりと撫でた。


「生まれてくる子供が、酢昆布きらいなのかもなぁ」
「そんなことないヨ。私の子供だモン。ぜったい好きになるはずヨ」
「そうさなぁ……、甘党の俺みたいになるかもよ?」
「甘党より酸っぱ党ヨ。子供が若くして糖尿とかいやネ」
「銀さん、まだ糖尿じゃねーよ」
「糖尿寸前でしょ、旦那」
「もう手遅れだろ、おまえ」


沖田と土方の声が重なって、銀時が甘い顔からギッと二人を睨みつける。


「うるせー。余計なお世話だわ。いま俺めっちゃ幸せだから、怒る気分じゃないけど、神楽ちゃんいなかったらキレてるからね、これ」
「へーへー、幸せそうで何よりで」


沖田が腹ボテの神楽を冷たく見下し、銀時を蔑むが、二人はこの沖田の態度に溜息を吐きだした。


「……オマエ、相変わらずアルなぁ」
「他人の幸せなんて糞くらえなんで」
「これが警察官の言うことかよ、世も末だねぇ。ねぇ、土方くん」
「知らねーよ、俺にふるな」


態度に出ている土方より、胸の奥に炎を閉じ込めて封印してしまった沖田のほうが重症なのはわかるが、それにしたって、こうも妊婦の前でピリピリされてはたまらない。
銀時はさっさと退散するべしと、腕に絡まる神楽の手をぽんぽんと叩き、もう行こっかと合図を送った。


「もう行くのか?」


名残惜しそうな土方に、どこまで腑抜けてやがんだと沖田が睨むが、神楽が「これから、定期健診なのヨ」と告げると、「そうか」と土方はうなずいた。
神楽の妊娠がわかってからというもの、神楽には会えず、久しぶりの邂逅だったが、隣に旦那がいるんじゃ仕方ない。
その旦那が、神楽が妊娠してから一歩も一人では外に出さなくなったのだ。お腹の子に何かあったらたまらないからという理由で、銀時は神楽が何かを一人ですることを殊の外嫌った。どうしても仕事で一人にしてしまう時は、階下のお登勢にあずかってもらうという過保護っぷりだ。それだけ心配なのだ。神楽はずぼらで横着で、少し落ちついてはきたが、やんちゃな娘なので、何かあってからじゃ遅い。待望のお腹の子だった。この1年半、ずっと銀時はそれを望んできた。大事にしすぎてもまだ配慮が足りないのではなどと不安になる。それほど、神楽も、神楽のお腹の子も、大切で、溺愛していた。
土方に、じゃあネ、と手をふって、神楽が歩きだす。それを銀時が支えるように歩いて、何気なく気配を研ぎ澄ます。まるで戦いの中のような歴戦の戦士のそれに、苦笑して、土方は二人の後ろ姿を見送った。沖田を振りかえると、もうさっさと大通りを歩いて行っている。


「土方さんって、あんなデレデレの顔も出来るんですねェ」


追いつくと、沖田が反吐を吐くように睨んでくる。


「お前も、素直になってみたらどうだ?」
「………もし、そうなったら、俺はアイツのお腹の子を殺しますぜ」


物騒な沖田の言葉にギョッとして、土方は沖田を睨み返した。


「総悟、口を慎めよ」


その声が震える。


「俺のモンにはならない上に、俺の子じゃねぇ赤ん坊を孕んでるとか、どんなM男だって逃げ出しまさァ」
「総悟!」
「……うるせーな。だから俺は正常なんだ。アンタや旦那みたいに、キチガイになるのはうんざりなんでィ」


そこまで言って、黙りこくる沖田に、薄ら寒いものを感じながら、土方は警戒を解けなかった。
さっきの銀時のやりすぎの気配がなんとなくわかる。
こんな男がそこらじゅううじゃうじゃいるなど思いたくないが、自分も含めて、ただならぬ感情をあの娘に抱いているケダモノたちは多い。そういった者たちから、あの娘を守るためには、銀時ぐらいの余裕と、手練れである自負と、鬼のような執念がいるのだろう。
自分だったら心配で発狂しているかもしれない。
遭えば、恋の対話などで暑苦しく神楽を見つめてきたが、いつか、我慢ならなくなった自分も、銀時に斬られる運命なのかもしれないと、土方はひっそりと思った。
沖田がどうやってあんな激情を押さえつけているのか、怖くなったのだ。
いつか、自分も含めて、何かやらかすかもしれない。
そう思うと、いまの銀時と神楽の幸せが、絶頂期でしかないとしか思えてならなかった。






fin


more
09/11 05:30
[銀魂]




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