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人たらしの恋@春、遠からじ-7

ふっと目が覚めた、真夜中。
裸の肩が、冷えていた。

け怠い体を引き起こし、隣で眠っているオトコの顔を見つめる。

少しだけ鋭い目つきが、瞼を閉じるとあどけなくなるなんて、僕は今まで知らずにいた。

満腹の犬の様に、満足そうに緩む口元に、思わず笑みがこぼれる。

下着を探そうと、起こさないように、そっと小杉の横を抜け出ようとした僕の腕を掴む大きな掌。

「…どこに行くの?…」

眠気が半分、混じった声で、僕を引き止める。

「あ、し、下着を…」
「ぞんなん…いいから」

ぐい、と抱き込まれ小杉の胸に寄り添った。

「こうしてりゃ、暖かい」

僕をがっちりとホールドして、安心したのか、すーっと小杉の寝息が聞こえてきた。

「僕はお前の抱き枕じゃないぞ?」

半分憎まれ口、半分照れ隠しで呟いても、返事は返って来ない。
すっかり、夢の住人だ。

小杉の綺麗に筋肉の付いた腕に巻き込まれる様にして、抱きしめられると、さっきまで抱かれていた肌が火照って、下腹が疼(うず)く。

僕は、つくづく思う。
同性にしか欲情しないのだと。

けどーー

小杉は、違う。
付き合うことはなくても、女性に困らなかった小杉は、ノンケで、僕とは相容れない人間だったはずだ。

なのに、昨日の告白かどうかわからない気持ちに流されるまま、小杉に抱かれてしまった。

僕らはどうなっていくのだろう。

望んだはずの愛しい腕のなかで、僕はまんじりとせずに、身動きもとれなかった。


ーーすっかり雪は止んでいて、積もるかと思っていたのに、やはり3月の陽射しは、その雪をすっかり溶かして、街は元どおりの姿を取り戻していた。

お互いに眠い目を擦(こす)り、モゾモゾと服に着替える。

どことなくぎこちない小杉の態度に照れ臭さだけではない、何かを感じるのは僕だけだろうか。

痛む腰を気にしながら、仕事に行く用意をしていると、小杉が珈琲を入れてくれていた。

「飲んでけよ」

僕といつものように目を合わせ様として、無意識に目を反らす小杉が可笑(おか)しい。

「…なぁ、昨日の」
「無かった事にして欲しいのか」

小杉が、ギョッとした後に、真剣な表情(かお)になった。

「そんなんじゃ無い…けど…まだ、俺の中でハッキリしてない」
「…そうか」

無かった事には出来ないが、どういう感情で僕と向き合えばいいのか、決められないんだろう。

「珈琲ごちそうさま」

スーツのジャケットが、少しだけ皺になってるのを気にする振りで、小杉に背を向ける。

期待して無かったわけじゃない。
『彼女』を、残して僕を追いかけて来てくれた小杉に。
僕を恋愛対象として見てくれているのかも知れないと。
僕の体を唇で辿り、手のひらや、指で、触れ、焼けるような小杉が僕の中に押し入って来た時の、あの、小杉の無我夢中の顔に。

けど、昨日まで自分はノンケだと思っていた男だ。
同性を抱いた事で、複雑な感情があるんだろう。

朝、我に帰った小杉に家から蹴り出され無かっただけでも、まだ、この男は優しいのかも知れない。

コートに袖を通そうとして、背中から小杉に抱き込まれた。

本当に、心臓に悪いオトコだ。

「…ちゃんと、ハッキリさせるから、だから、俺の前からいなくなるなよな」

ぎゅう、と抱きしめられ僕は、後手で小杉の髪を撫でてやる。
昨夜も思ったが、見かけより、柔らかな素直な髪だ。

「分かってるよ、大丈夫だから」

その答えが出るまでは、お前のそばにいるから。

答えが出たら、僕らは、どうするだろう。
降ってきた軽いキスを受け止めながら、そっと目を閉じた。



人たらしの恋@春、遠からじ-6

僕は、小杉の言葉の意味を計りかねて、戸惑った。

「誰が、誰を?」

そんな僕を他所に、小杉はさも当然の様な表情(かお)で言う。

「俺が、あんたを抱くんだよ」
「だから、なんでそーなるんだ!」
「あんたが俺をでもイイけど、あんたには似合わない気がする」
「お前は何を言ってるのか分かってるのか!?」

今、きっと僕の顔は面白いくらい真っ赤になっていると思う。
よりにもよって、小杉が僕を抱きたいだって?

(いや、抱きたいとは言っていないが)

「俺さ、店からあんたが出てった時、もう、これであんたは俺に会わないつもりなんかじゃないかって思ったんだ」

神妙な顔で話出した小杉に釣られて、僕も、浮かした腰を降ろして、正座をして聞いていた。

小杉にも、僕達が会うのはあれが最後になるのだと分かっていたのか。

「前の彼女の時もそうだった、あんたは眠ってたけど、俺の背中でな」

にや、と笑った小杉は、それでもすぐに真面目な顔になる。

「自分の彼女が、あんたの事を避け始めると俺は、なんでだか、その女の子への気持ちが冷めてくんだよ」

大きな身体で体操座りして、膝に顎を乗せた小杉は、少しだけ不安そうな表情(かお)だ。

「すごく焦ってさ、あんたから離れようとした事も一度や二度じゃない…けど、離れようとするのは俺なのに、あんたが俺から離れて行く気がするんだ」
「小杉…僕は」

僕はお前から離れられやしない。
だって好きなんだ。
傍若無人(ぼうじゃくぶじん)で、年上の僕の事、下の名前で呼ぶ、女癖の悪いお前が。

伝えようとした肝心な唇は、僕の腕を掴んで引き寄せた、小杉の唇で塞がれ役に立たなかった。

「ん、ん、こ、杉」
「ちょっと黙ってろ」

いつの間にか、僕の腰を引き寄せると、布団の上に押し倒し、そのまま小杉の厚い身体がのしかかって来た。

「やべ、興奮する」

下半身を押し付けられて、僕は、目を見開いた。
ゴリ、と硬いそこは小杉の言葉が嘘じゃない事を、証明していたからだ。

「那津」

切なげに、僕の名前を呼んで、犬みたいに、鼻面を首に押し当てて、僕の匂いを胸に深く吸い込む小杉が、僕の髪を優しく撫ぜる。

ズルいぞ、小杉の癖に。

僕は、観念して最後の抵抗を解いて、目を閉じた。

人たらしの恋@春、遠からじ-5

「…僕を失ったって小杉にはたくさん飲み友達がいるじゃないか」

それに、佳奈ちゃんだって。

最後の言葉は飲み込んだ。
小杉が僕を追って来たことで、佳奈ちゃんとどうなったか知るのが、すこし怖い。

「あんたはなぁ…飲み友達っつーか…」

仰向けになったままの小杉の視線がさまよう。
まるで、天井に書いてある答えを探す様に。

そして、むくっと起き上がり胡座(あぐら)を組んで僕に向き合った。

「あんたって俺の何なんだろ」

何て表情(かお)をしてるんだ小杉。
まるで、帰り道に迷った犬みたいだ。

「僕に聞くなよ」

マグカップを、ぎゅ、と握った。
心臓がバクバクする。
小杉の中で答えが見つかったら、僕らはどうなるんだろう。

「そうだよなぁ…ところで、頼みがあるんだけど」
「なんだ急に」

そう言ったくせに、小杉は中々、口を開かない。
でもな、とか、どうなんだ?とか、ブツブツ言いながら、困った様な顔をしている。

「そんなに困ってるのか」

なんでも、ハッキリと口にするこの男が、これだけ躊躇(ためら)うなんて、よっぽどの事に違いない。
なんだろ、仕事で何かあったのか。
それとも、金に困っているとか。

それか、佳奈ちゃんに、とりなして欲しいとか…

それなら、僕にも責任がある。
例え、友達とは言え、僕を優先させた事は、佳奈ちゃんにとっては、気分が悪い事に違いない。

その時、チラッと、心の隅に、昏(くら)い喜びが見えた。

ーー 『彼女』より、僕を優先させた。

そんな、仄暗(ほのぐら)い喜びが。

「あー!俺らしく無いっ!」

パシッと、手で胡座をくんだ脚を叩くと、怖いくらい真剣な眼差しで僕の目を真っ正面から見据えた小杉がこう言った。

「なぁ、ちょっと俺に抱かせてくれない?」

…なんでそーなる。


人たらしの恋@春、遠からじ-4

とにかく歩いた。
吹雪の中を、半ば意地になって。
そうするしか、二人なかったように。

僕よりも、何故だか冷え切っていた小杉は、僕を部屋に押し込んで、風呂場に飛び込んで行った。

『イイな!そこから動くなよ!』

そう言い残して。


ーー タクシーを、拾えばよかったと気づいたのは、小杉の家のエアコンが暖まった頃。

シャワーの音が聞こえていている間、手持ち無沙汰な僕は、小杉の部屋を見回していた。

1DKの部屋に、天井までの本棚が一つ。
小杉の頭の中が、うかがい知れるような、いろんなジャンルの本や、雑誌が、綺麗に並べてある。

それからこれは以外だが、水槽があった。

中には、小さくて素早く動く、「ハコフグ」と言われる魚が二匹。

ローテブルとは言い難い、机と、根乱れた布団が一組。
大胆にも、タンスらしき物は無く、壁一面に服がかけてある。

(なんだか、小杉らしい部屋だ)

綺麗だったり、乱雑だったり、いろんな所がある。
びっくり箱みたいな小杉そのものだ。

シャワーの音が止まった。
急に緊張する。
逃げ出したいような、そうじゃ無いような、妙に落ち着かない。
それを見透かした様に、小杉が風呂場から確認する。

「ちゃんといるな?逃げんなよ?」
「ここにいる!」

慌てて、大きな声で言い返した。
やがて、風呂場から出た小杉は、小さな台所で何かやり始めたみたいだ。

「飲めよ」

ぶっきらぼうに、置かれたマグカップには、キチンといれられたコーヒー。
香りがイイ。

「いただきます」

一口飲むと、凍えた身体が、少し解けて行くようだった。

マグカップを、両手で包み込みながら、言葉を探した。

『どうして、あそこにいたんだ?』
『どうして、佳奈ちゃんを置いて来たんだ?』

だが、どれも、これも“今”には、そぐわない気がして、しまいこんだ。

く、と小さく笑う声で、顔を上げた。
机の向こう、小杉が笑っていた。

「…どうして笑うんだ」
「あんた、一番最初に会った夜もそうだったからさ」
「そうだったって?」
「いただきます、ってさ言ってた、大の大人のオトコが、ちゃんと手を合わせて」

小杉にそう言われて、頬が赤くなる思いがした。
無意識にしていた事だからだ。

「…あれで、あんたに次も会いたいって思ったんだよな」

当時が目の前にある様に、小杉の顔が笑みの形に緩んだ。

優しくて、深い笑顔だった。

「僕をどうして、追って来たんだ」

自然とその言葉が、口からこぼれた。
そうか。
小杉は、僕を追って来たのか。

ゴロンと、布団に仰向けになって、小杉は、頭の下で腕を組んだ。

「…わかんねぇ」

ポツリと言った後で、小杉が僕を見つめた。

「でも、あんたを本当に失うと思ったんだ」

ドキリと、僕の中の心が跳ねた。

人たらしの恋@春、遠からじ-3

店を出て、いつもよりも、人の熱気が少ない街中を歩く。

身体を温めていた、ホットウィスキーの酔いはすっかり冷めてしまって、少し温(ぬる)んだはずの冬の冷気が染み込んで来る。

お気に入りだったあの店とも、今夜が最後で、僕はこれから美味しい酒を飲ませてくれる店を探さなければならない。
今度は、一人きりで。

フッと冷たいモノが頬に触れた。

「寒いと思ったら、また雪だよー」
「ねぇ、聞いていい?今、三月だよねー?」
「だよねー」

ほろ酔いの女の子達が、それでも楽し気に笑い転げて、カラオケボックスに入って行く。
まるで真冬の様に、空から綿毛ね様な雪が降って来た。

「…寒」

マフラーに顔をうずめたのは、不意にこみ上げて来た淋しさのせいなんかじゃない。

「うぉー!やべー!吹雪みてーじゃん!」
「ちょ…どっか入ろーぜ!」

若い、何処かの店の客引きの男の子達も、たまらず駆け出して行く。

目の前が白く滲むのは、眼鏡に当たる雪のせいだ。
決して、涙なんかじゃないんだ。

未練がましい僕は、小杉の、背中を思い出した。

カウンターで飲むとき、少し猫背になる癖のある背中。
酔った僕を背負ってくれた、暖かい厚みのある背中。

けど。
さっきは、振り向きもしない冷たい背中。

酷い男だ。
最後だった。
本当の、本当に最後だったんだぞ?

僕が、お前を好きでいる間は、会いには行けないんだ。
だから、お前と会うのは今夜限りだったんだ。

いつか、何処かですれ違う日までーー


突然ぐい、と強い力で手を掴まれた。
びっくりしている僕を他所に、御構い無しにその腕は僕を引っ張り、ズンズンと前を歩く。

「なにするんだ!…」

声を荒げた僕の前を行く背中は、幻覚じゃ無きゃ、さっきは、振り向きもしなかった小杉の背中だ。

「…小杉?」

名前を呼んだのに、聞こえていないのか、黙ったまま僕の手をキツく握り足早に歩き続ける。

「ここで何してるんだ、どうして此処にいるんだ?」

今度は大きな声で、背中に問いかけた。
それでも、無言だ。
他愛も無い話は、次から次へと出てくるくせに、肝心な所はだんまりか。

「聞いてるのか!小杉!」
「さみいんだよ!いいから、とっとと歩け!」

腹が立って怒鳴ったら、やっと振り向いて怒鳴り返された。
鼻は真っ赤で、歯の根が合わないみたいで、少しだけカチカチと震える音が混じった。


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