雨の中何を考えるわけでもなく突っ立ちぼうけていたら、履いていた長靴の中に雨が溜まっていた。
長靴の中の海には、白い塔が立っている。私の足だ。
寂しい海は私が足踏みをするたびに右へ左へ波をたてて、そのぶんいくらか零れる。

海といえば、私は友達のふみちゃんの名前を、海ちゃんと勘違いしていたことがある。
ふみちゃんは自分のことをふみ、と呼ぶクセがあり、いつもどうしてか私はそれを海だと思っていた。
だから自己紹介された時には、驚いて、名前を間違えて覚えていたことに恥じたことを覚えてる。勿論、それらは顔には出なかったけれど。

今日は、ふみちゃんとコスモス園に行く予定だった。
提案したのはふみちゃんで、新聞の切り抜きを持ってにっこりとしていた。
よかったら。
よかったら、行かない?

無論、よくないわけなかった。
でも当日はあいにくの雨で、電話で相談をして、またにしよう、ということになった。

それでも私はなんだか外に出掛けたい気分で、雨の中、一人で散歩をしている。

ふみちゃんはクラスの人気もので、皆から慕われている。
ふみちゃんにとって私は友達の一人だけど、私にとっては一人だけの友達なのだ。


雨のせいで空は雲が覆い、夜のように道は暗い。
道ゆく車は皆ライトを点けていて、そのライトが雨粒のひとつひとつの流れを明白に照らしている。時折雨が目に入って視界が歪む。そうすると、街灯やらライトやらの光がぐんにゃりと曲がって、どこか違う世界の夜景のように見えてくる。

だから余計に、孤独感が増すのだから、たまらなくなる。

孤独な私の長靴の中には、同じくらい孤独な海が見える。足の指は冷えて感覚がない。だから私の足は本当に、ただの白い塔のような気がしてくる。
この雨も、長靴も、コスモス園も、ふみちゃんも、本当は私には関係のない、遠いものなのかもしれない。感覚がなくなった指のように、自分のものだと思って生きてきた日常も、きっといつかは、誰からも遠い、違う世界のことようだと思われるのだろうか。



家に帰ると、玄関前に座って履いていた長靴をひっくり返した。
長靴の中には雨水がたっぷり溜まっていて、勿論それは海なんかではなかった。

でも水が流れ落ちるその時、その中にかすかに、そこにふみちゃんのような小さい人が、紛れ込んでいたような気がした。

私の長靴の中にあったもの、それは海じゃなくて、海ちゃんだったのかも…と考えてみたら、なんだかおかしくて、私は久しぶりに、ちょっとだけ笑った。







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