足を一歩踏み出すたびに私の心は二往復半もするものだから、蹴っ飛ばした空き缶の中に残っていた得体の知れない液体を頭から被ってしまうのも無理はない。
それが自宅の酒屋で販売している桃ジュースだということは後に分かる。

私はシャワーを浴びたい一心で帰路を急いでいたものだから、一輪車に乗った子供とすれ違った時、子供が持っていたアイスクリームが私の制服にべっとりとついてしまった。
それが近所で話題のそろばん小学生だということは後に分かる。

突然の立っていられぬ程の豪雨のため近くの駄菓子屋に雨宿りをしていたが、濡れた手で品物を触ってしまったため買い取りをしなければならなくなった。
その駄菓子屋の店主が昔習って一週間でやめたバレエ教室のフロアを掃除していたおじさんだということは、後に分かる。

やっと雨が止み、買い取りをしたお菓子をもぐもぐ食べながら歩いていると、道ばたに一冊のノートが落ちていた。
それがクラスメートでありながら私の想い人でもあるAくんのものだということは、すぐに分かった。

ノートを届けるためにAくんの家へと足を踏み出したところで、自分の通学用カバンを学校へ忘れてきてしまったことに気付いた。
悩んだ末に、学校に戻ることにした。



私は教室の自分の机でうなだれている。
汚れた制服は、体操服に着替えた。

今日はとことんついていない。

できることならタイムスリップをして今日をやり直したい。
もっと言うのなら、
自宅で作っている桃のジュースを販売停止し、一輪車に乗りながらアイスクリームなんか食うなとそろばん小学生に説教をし、どんな雨風も防げるような傘を用意してから今日という日を迎えたかった。

でも…そんなことは有り得ない。
ここは漫画や小説の世界ではないのだから。

日が落ちるのと共に、私の気持ちもどんどん落ちていった。




その時、がらがら、と教室の戸が開く音がした。
そして軽い足音が聞こえる。
誰かがこちらに近付いてくる。

ばっと顔をあげると、そこには…

「そのノート、拾ってくれたの?」

Aくんが、夕日をバックに颯爽と立っていた。
私はあわててノートを渡すと、助かったよ、と言って優しくほほえんでくれた。

その時ほど、私は心の中で『嗚呼…』と思ったことはない。

「一緒に帰らない?」

Aくんが私に手を差し延べてそう言った。
夕日がまぶしいのか、Aくんがまぶしいのか、その時の私にはもう…わからなかった。

私はすべての人が幸せになるように願いながら、その手をとった。

タイムスリップしなくて、よかった。










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