漫画みたいな腹立つ笑顔か、もしくは白々しく腹の立つ半べそか、そのどちらかだと思っていた。
しかし実際目の前にあったのはただの真顔だった。
反応するタイミングを見失って呆然としていると、奴は思い出したようにその無表情に笑顔を貼り付けて見せた。
そして鼻先でふふっと笑った。
俺も鼻先でふふんとやった。
「思ったより遅かったなぁ」
「酷いですよ、置いていっちゃうなんて。寂しかったですよー」
「そろそろ死んでるかと思ったよ」
兎だけに。なんて俺は笑う。
「っへー、広い部屋ですねぇ」
出張先のホテルにまで押し掛けるこいつのストーキングに悩まされ、ついに俺は借りていた部屋を引き払ってここに来た。
自称何でも聞いているらしい作り物の耳で、こいつはすぐにでもこの場所を聞きつけて現れるだろうと思っていたが、案外そうでもなかった。
気付けば今か今かと奴の訪れを期待している自分を、否定することも諦めかけた頃、ようやくこの憎たらしい兎はやってきた。
「ねぇねぇ知ってる?」
「知りません」
ソファに腰を掛けた俺の目の前にぺたんと座り込み、バニーボーイはしゅんとうなだれた。
「……何だよ」
「何が?」
「お前の話だよ!」
「ええ!?僕の?どどどんな話!?」
「馬鹿かお前は」
「ううん。違うよ」
「はいそうですだろ!お前は全く成長しねぇな」
「そんなことないよ。本当のこと言うとNo.11に上がったんだよ」
「嘘ぉ。何で?何したの」
「何もしてないよ。一人死んだの」
「何だよ。結局ビリじゃねぇかよ。そういうのはな、上がったって言わないんだよ。ってえ?死んだの?」
「死んだの」
「兎が?」
「ウサミミつけた男が」
「いいよ、別に。分かってるよ。え?何?誰?俺も知ってる奴?」
「知ってると思うよ。No.1だったから」
「No.1!?やばいんじゃねぇのそれ」
バニーボーイがこれみよがしに片耳を傾けるのを、何を言いだすのかと目で追う。
「おかげで傾きかけてます」
耳を戻しながら、したり顔。
「……中途半端なこと言いやがって!いいから、そういうの、やらなくて」
「…………。」
「え。ねぇ、一回目閉じてみ?」
瞬きを忘れていた目が閉じる。
「うん。開けてみ?」
「……?」
「だからな?俺が何言いたいか分かるか?」
ううん、と首が横に振れる。
「だからそういう……その目で見るなって言ってんだよ!!」
怒鳴りつけながら憎たらしい奴の額を叩くと、変なスイッチが入ったのか、奴は
「ああっ!」
と声を上げた。
「びっくり……するだろ!!何だよ!」
全く悪びれる様子のない顔がくん、と俺に寄る。
「ねぇねぇ知ってる?」
「知らねえよ!!」
思い出したように少し前と同じやりとりをするが、二度目の奴は怯まない。
「兎はね、寂しくても死なないよ」
「…………で?」
「え?ちょっと待ってね。兎は、寂しくても死なないよ」
「だから何だよ!知ってるよ!んなこと意外でも何でもねぇんだよ!寂しくても死にゃしねぇよ」
「ええ!?それは初耳!」
「お前が言ったんじゃねぇかよぉ!」
「ううん。違うよ」
「そうだよ!!」
「あっそうか。ちょっとーぉ、ちゃんと聞いてたぁ?」
「ひいぃ!!ムカつく!だから見るな!その目を、やめろ!」
じぃっと覗き込むような視線は耐え難く、よほど投げ飛ばしてやりたかったが、それより先に兎が身を乗り出した。
「ねぇねぇ知って……あっ」
言っている途中ではっと口を閉ざし、奴は俺の顔色を窺いながらあのねぇ、と言い直す。
「いいよ。別に。はい、知りません。何ですか」
兎はにこりと不気味に笑った。
いつもと同じ無垢な瞳が、何故かその時不気味に見えた。
「兎は寂しいと食べちゃうんだよ。仲間を」
「は……?」
一瞬、背中をぞぞぞっと寒いものが這い上がる。
それに気を取られて反応し損なった俺に、兎は例の如くふふっと笑いかけた。
しかしそれ以上の説明があるのかと思えば決してそうでもなく、兎の微笑みが時々漏れるだけの無意味な沈黙。
「な……んだよ、笑うな!!気持ち悪いよ!え!?何?怖ぇーよ!怖ぇー!!」
「あっごめん間違えた。何?怖い話?いいよ、ちゃんと聞くよ。はい、なぁに?」
長い耳に片手を添えてバニーボーイは小首を傾げる。
その様子に耐えかねて、俺は雄叫びを上げながら奴を鷲掴みにした。
「ちょっ、ソファじゃ無理っ」
「うるせえぇぇ!!」