時々、無償に怖くなる夜がある。
空に浮かぶ月を一人見上げる度に、ふと記憶が混同してしまうのだ。

此処は鍵の掛かった出られない密室で
そんな筈はないのに
階下を過ぎる人は私とは別の世界に住んでいて
そんな筈はないのに
私は今日も一人、ベッドの上で部屋の外から聞こえる足音に怯えて
そんな筈はないのに
怖くて怖くてたまらないのに、逃げる事も拒絶すらできなくて…
そんな筈はないのに


ギィッと音が鳴って、扉が開いた。
反射的に顔を入り口へ向けると、そこには何やら少し驚いた顔の八戒がいて、私は漸く幻覚だったのかと息を吐いた




「どうしたんですか…電気もつけないで」
「別に…何でもないよ、ただつけ忘れてただけ」
「………」




思い返せばそうだ…今日は確か八戒と二人部屋だったのだと思い出して、私は慌てて笑顔を取り繕った
でもどうやら、そんな私の努力は無駄だったらしく、八戒は怪訝そうに私を見て眉を潜めた。
失敗した笑顔を貼り付けたまま、薄暗い室内で私は先ほどの記憶を振り払う様に立ち上がると、落ち着こうと紅茶のポットを掴んだ…のだが




「ッ…いやっ!!」
「!?」




それは一瞬のこと。
カップに紅茶を注ぐ前に私の側へやって来た八戒が翠花と名前を呼んで、私の肩に触れようとしたのだ。
けれど、私は自分が思っていた以上に張り詰めていたらしく、その手を振り払う様に避けて、その弾みでポットとカップが床に落ちて大きな音を立てた。
その音に漸く我に返った私は、ハッとして八戒へと視線を向ける
彼は少し悲しそうに、ただ私をじっと見つめていた。




「ご…めんなさ……私、」
「翠花」




彼はきっと呆れただろうと思った。
大丈夫だと言った癖に全然大丈夫じゃないじゃないか、と…きっとそんな事を言われるんだと思っていたのだが、私の予想は見事に外れた。
彼は、私をゆっくり抱き寄せると大丈夫と呟いて背中を優しくさすってくれる
その温もりが何だかとても心地よくて、自分の中でトゲトゲしていた気持ちが軽くなって行くのを感じた




「大丈夫ですよ、もう酷い事をする人なんていませんから」
「…はっ、かい」
「辛かったんですよね…すみません、気づいてあげられなくて」
「……っ…」
「でももう大丈夫だから、安心していいんですよ」
「…うん」




小さく頷いて八戒の胸に顔を埋める
何とか止めようとするのに、流れる涙は何時までも止まらなくて、そんな私に八戒は無理はしなくていいですよと言って、涙を拭ってくれた。
それでもなかなか顔が上げられなくて、私は八戒の腰に腕を回したまま、ぎゅうっと抱きついていた。













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