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16/06/24 18:12 (:DFF小説)
夢世界:零参のつづき
『夢世界:零参』
その報せを見ることなく、ジェクトはそれをゴミに混ぜた。
「あーあ。来ちまった」
腰に手を当て、ジェクトは首の骨をならした。
「俺様も旅立ちますか、」
さて、これからが大変だと。
ジェクトは思案する。
何しろ、誰もやったことの無いことを果たさなければならないのだから。
「出来るのかねぇ。いや、出来ないなんて言えねえな」
やらなければ。
「親父」
背後から声がかけられる。
ティーダが、こちらを見つめていた。
「いかないで」
ジェクトは、小さく笑った。
ソレイユのとき、おれもこう願っていた。
「ティーダ、」
手を広げれば、ティーダが駆けてきた。
ダイブしてきたティーダは、ジェクトの胸にしがみつくと同時に泣き出した。
彼女も、理解している年齢になった。
嫌だ、と、しゃくりあげながら小さく懇願がティーダの口から何度も零れた。
「……小せぇな」
腕の中に、すっぽりとおさまる。
あの、大人のティーダと比べると、まだまだ彼女があの未来の姿になるのは数年後になりそうだ。
泣く娘の、柔らかな蜂蜜色の髪を何度も、何度も、撫でた。
「大丈夫だ、」
ジェクトは囁く。
「お前は、大丈夫だ」
例え、この姿が無くなっても。
ソレイユも、俺も。
お前の未来を紡ぐ、光になれる。
「お前は、ソレイユとジェクトの娘。誰よりも、強く優しく、そして誇らしい娘」
「ほ、んとに?」
ティーダが、涙に濡れた顔を上げた。
「俺様が、嘘つくかよ?」
「…いっぱい、ついたッス」
ぼそ、と、ティーダが返すことばに、ジェクトは一瞬呆けた。
だが、すぐに笑った。
「まあ、今回は本気だ」
ジェクトは、ぽんぽん、と、ティーダの頭を軽く撫でる。
「…知ってる」
ああ、と、ジェクトはしっかりと頷いた。
「なあ、ティーダ。笑ってくれるか?」
そ、っと、ジェクトはティーダと体を離した。
彼女の小さな肩に両手を乗せたまま、少し体を屈めて視線を合わせる。
「うん、」
ティーダは涙を手で擦り拭うと、泣き笑いの顔をした。
「忘れねぇよ、お前の笑顔」
頭を撫で、さらに強く抱きついてきたティーダをしっかりと腕の中に閉じ込める。
「俺が、あいつを引っ張ってきてやるから」
「あいつ?」
ティーダは首を傾げた。その様子に、ジェクトは微笑んだ。
「いつか、わかるさ」
いまは名も知らぬ、娘の夫。
スコール、という青年を。
「いいか、ティーダ」
涙で濡れた顔でティーダがジェクトを、ゆっくりと見上げる。
「これだけ、約束してくれ」
俺の使命。
究極召喚を成し遂げ、この世界から旅立つ。
そして、お前の未来を繋げるために。
「最後まで諦めるな」
最後に繋ぐのは、ティーダ自身。
あの、幸せな未来を諦めないでくれ。
「うん」
大きく、ひとつ頷いたティーダに、ジェクトは目を細めた。
「約束、だからな」
「うん」
父の大きな小指と、娘の小さな小指が、絡まる。
「バハムート、頼むぞ」
『ああ』
偉大なる竜王に、託す。
最愛の娘の守りを。
霊峰ガガゼト。
そこは、登るものに命の試練を与える。吹雪に閉ざされた道を、生きて頂にたどり着くか。そして、その先に夢の都が待つ。
「そのガガゼトの試練も、数には勝てないってことだな」
ジェクトの前には、ベベル軍が戦闘の始まりを待っていた。
大剣を担いで、ジェクトはひとつ息を吐く。
「ソレイユ…、俺を導いてくれ」
ジェクトが拳を握り、それを地面に降り下ろした。召喚紋が地に現れ、そこから火が吹き荒れる。
炎の魔人が火を纏って現れ、咆哮をあげた。
「イフリート、付き合ってくれ」
『ああ。お前の命の火が尽きるまで、付き合おう』
ジェクトが初めて召喚した、召喚獣。気性の荒さも似ていて、ジェクトは好んでイフリートを呼んだ。
「さてと、派手に行きますか」
隣から、イフリートの炎の柱が昇る。それが、戦いの始まりの合図だった。その戦いを経験したベベルの兵は、『二匹の緋の魔人』とその召喚士と召喚獣を呼んだ。
数は圧倒的にベベルが有利だったはずだが、ジェクトは大柄の体に似合わず、その動きは俊敏だった。大剣を使い、兵士や機械を薙ぎ倒し、剣を盾にしながら突っ込んでくる。
「ぶっ飛べぇ!」
ひと振りすれば数人の兵士が倒され、生じた剣圧で吹き飛ばされる。
「ば、化物か、」
「化物じゃねぇ。ジェクト様だ!」
銃弾が撃ち込まれても、ジェクトはその笑みを崩さずに剣を振るった。イフリートも幻光虫を舞い上がらせながらも、ジェクトの背を守る。
だが、徐々にベベルの攻撃の波はジェクトを飲み込んで行く。
撃ち止まぬ銃声に、怒濤の波のように押し寄せる刃や機械獣の牙。
何度目かわからぬ銃弾が、身を突き抜けていった。
「ぐっ、」
膝が崩れ、バランスを崩しながらも眼前の兵士を殴り倒した。
「撃て撃てーっ!」
銃弾の雨が、ジェクトの体に降り注ぐ。痛みは、もう感じなかった。
ただ、力が、血が、体から抜けていく。
どさり、と、視界が反転する。
もう、立てない。
『ジェクト、』
「おう、イフリート」
ぜぇぜぇと荒い息に、血が混じる。もう、全身の血は流れ出てしまったのではないか、と思うほど体は動かなくなった。
ただ気力だけ。
見上げたイフリートは、その姿をほとんど留めていない。輪郭だけが、うっすらと見えるだけ。
『お前は変わったな』
「ああ?」
『あの頃のお前は、自分以外を信用していなくて。ひとを遠ざけてばかりだった』
「はは。若気の至りだ」
『ソレイユと出会い、ティーダを授かり。お前は優しく…、いやようやく情の深いお前が出せたというべきか』
「そうだな。あの時は、人を愛することなんて解りたくもなかった」
物心ついたときから、孤独だった。
施設で育ち、召喚士の才を見出だされてから召喚士の修業するべく新たな施設へ。
家族の為に、召喚士としてその身を捧げる?
そうやって、戦いに赴くことが理解できなかった。
だが、ソレイユが。
ティーダが。
その気持ちを教えてくれた。
『そんなお前と過ごせたことが、私も幸せだった』
「ああ。ありがとうな、イフリート、」
魔人の手を、はじめて握った。
『さて、私もお前の少しでも力に』
泡のように、幻光虫となってイフリートはきえる。光は、ジェクトへと吸い込まれた。
体が、灼熱の炎に焼かれたように熱い。
「さあ、いまからだぜ」
この命を、燃やして。
あの、夜の空を突き破り。
時空を泳ぎ。
新たなる世界に居る彼と、娘を繋ぐ。
「ティーダ、」
命が、燃える。
「幸せになる約束、」
自分の体が、熱い。体が、消えていく。
「―守れ、よ」
消えた体が、創り換えられていく。炎がうねり、螺旋を描いて集まる。
『緋色の鯨』
赤い鰭が、ゆらり、と動く。
それは、あぎとを開けてベベル軍に突っ込んでいくと、全てを呑み込んでいく。まるで餌を捕食したあと、満足したように空へと泳いでいった。
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