2012/8/16 Thu 12:24
冒頭



午後十一時。


いつもと変わらない、残業終わりの疲れた帰り道。

毎日同じ時間に起きて、込み合う電車に揺られながら通勤する。
嫌味な上司に苛立ちながらも、優しい先輩や気の合う同僚に囲まれて仕事をする。
休日は買い物したり、友人と飲みに行ったりして。


そんな何処にでもある、在り来たりな日常に、
物足りなさを感じたのはいつからだろう。



暗い夜道。

街灯の少ない住宅街は、人工の明かりと自然の暗さが際立つ。


「どうせ残業手当出ないくせに。はぁ……」
無意識にそんな独り言が口から洩れる。
言い終わってから、周りに誰か居ないか焦って辺りを見渡す。
そしてこの時間帯は、野良猫にすら出会わないことを思い出し、焦った自分に気恥ずかしさを覚える。

何やってんだか……と、言いかけた言葉を唇の下に仕舞い込んで、ため息。
独り言が増えるのは、一人暮らしの切ない性じゃないだろうか。





「…………あれ?」
ふと違和感を感じて、街灯の下で足を止めた。


「…………」

いつもと変わらない、帰り道。
茫……とした街灯の弱い光が、闇をより濃く見せる目の前の道。
自分以外誰も居ない、昨日と同じはずの道に。


「…………」
視線を、感じた。
弱々しく曖昧な光の向こう側。
目の前にある、夜の闇の中から。


「…………」
体が竦んで動けない。
いつの間にか、早くなる心臓。
自分の意のままにならない体に、焦る。





静寂


「…………」











……ずるっ



「…………!」

闇が、動いた。
何も居ないはずの、街灯と街灯の間で。
夜が巣食う暗がりで。











にゃぁ


「…………ぇ?」


闇を挟んだ向こう側にある街灯の下。
姿を表したのはどこからどう見ても、猫。
夜色をした黒い、猫。



「…………はぁっ」

無意識に止めていた息を吐き出す。
黒猫はこちらに顔を向けたあと、また夜の中に消えていった。


「恥ずかしい……」
独り言を我慢する気もおきなかった。
ただただ無性に恥ずかしい。

止めていた足を進める。
早く帰って、休みたかった。










その後ろ姿をじー……と見る黒猫。
野良猫にすら出会わないはずの静かな夜の住宅街。


物足りなさを感じる、いつもと変わらない日常。



染みのように広がる何かにまだ、気付かないまま。









にゃぁ




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