発光する円盤のような太陽が神々しく無垢だった。
空はオレンジ色に染まっていて、それを映して川も明るい金色のせせらぎをつくる。
水からのびる生きているものたちの気配。
そして、濛々と水蒸気が上空に舞い上がっている。
ベージュ系の色彩に雲は染まり、そこに紫色のアメーバを思わせる宇宙船が何隻も夜明けを牛耳る。
確かに…、天人が来てからというもの、江戸の人たちが本当の意味で青い空を眺めたことなどないのかもしれないと、神楽はこのとき初めて少し悲しく思った。なんとなく甘えるように、乗っかる定春のやわらかい鬣をなでる。
やさしい手触りの白い毛皮は、少女の飼主でもある男を思い出させ、柔らかく手に馴染む。いつも丹念にブラッシングをかかさないので、色ツヤは最高だ。


「今日もふわふわでちゅネ〜、定りゅうぅ〜」


定春だけに使ってしまう赤ちゃん言葉で、神楽は白い首筋にぐりぐり顔をひっつける。


(んぅ〜〜〜〜!)


思いっきり抱きついて可愛い可愛いと愛撫。
大きな定春はその間も、背の上のこんな飼主を乗せてゆったりと散歩する。
定春を連れた早朝の日課は、空と江戸の風土とが一体化しながら静かに躍動するような心地があった。
春夏秋冬。晴れのちくもり、たとえ雨であっても。
神楽はいろんなことを見て、気づき、知りながら世界を等しくまわる。
背後に山が三角形に霞んでいる。上方の空はほんのすこし青みがかってきて、せせらぐ川の水はほんのすこし赤みが増している。両側の土手の浅黒い緑のなかにも陽の光がかすかにけぶってきている。
不思議なこの川の流れ、向こうから来ているのか手前から向こうに流れているのか、ずっと眺めていると少し曖昧になることが多くて、今は清らかなせせらぎの音にすっぽりとつつまれて。
しまいにはふたつの影は上機嫌で鼻唄まで歌っていた。


「…〜フンフンフン♪ 蝉のフン〜♪」


もう少し時間が経ったら、あのうるさい連中がまたこの季節を彩るだろう。


「定春は蝉が好きだモンネ〜。地面に落ちてるアイツらひっくり返して、また残酷に遊ぶんだヨネ〜。でも今度は食べたら、メッだヨ〜」


再度うりうりと首筋に顔を寄せる。


……………ブフッ!


(──え?)


妙な嘲笑を感じて、神楽はピシリッと動きを止めた。
早朝の散歩をしていたのだ。
人通りはまだ少なく、、、まぁ……要は油断していた。
脇道を振り返った定春は、とっくに気にせず歩きつづけてる。
やや速い足音が近づいてくる気配…。
迂闊ながらも無視できず振り向くと、朝からとんでもなく不吉なコンビと鉢合わせたことを知った。


(あれ? 今日って厄日だったっけ? 結野アナのブラック星座占い……イヤイヤ)


「ついてねェーアルッ!!」


思わず叫んで相手をにらんだ。
そのひとりはニヤニヤと、もうひとりは煙草を口に渋い顔をしている。渋い顔でありながら些か唇がゆがんでいるのは、どういうことか…!


「チャイナ〜。 ごきげんいかがでちゅか〜?」


(っ、うぉぉぉおおおおお……ムカつくッッ!!!)


内心火を噴く勢いだったが、逆に顔に血がのぼってしまってそれをバッチリ二人には見られた……っ。
神楽がむっつりと押し黙ってしまうと、今度は遠慮なく土方が吹き出してくれる。


「テメ…っ!」


いや、悪い。と一応謝りを入れてくるが、まったく誠意はない。さらに顔に血が昇るのを感じて、神楽はぷいっと顔ごとそむけてしまった。
この男が子供みたいに笑うとこなんて初めて見たが、そこは冷静に毒を吐ける気分じゃなかった。相変わらずニヤニヤと意地の悪い沖田は神楽を蔑んでいるし、


「赤くなっちゃてまぁ、アンタも可愛げあるじゃねーかィ」


なんて罵ってくる始末だ。どうしてくれよう…このドS……。
ようやく笑いを収めた土方が、神楽の定春を許可なくよしよし撫でる。


(なんでっ!?)


フツーそこは自分じゃないかと神楽は目の端でつかまえた光景に、むっと唇を突き出した。
何故そんなことを思ったのか。とっさのことで忘れてしまったが、その大きな手が白いふわふわを可愛がるのがムカついたのだ。
けれどそんな神楽の頭には、別の手がのびてきた。


「……………………。」


いいこ、いいこ。…と、まるで───犬畜生でも躾けるような───サディストの猛獣あつかい。 次の瞬間には威嚇するように牙を剥いてしまう!


「うぉっと…!」


危ねぇ危ねぇ…。 そんな風にひょういっと避けられる。


「おま…っ、……っ」


声にならない神楽の変わりにまた土方が笑った。


「───!!!」


なんの悪循環だ、これは。
調子にのるなと言いたかったのに、妙にペースを崩されたまま沖田への怒りもぐちゃぐちゃになってしまう。


「じゃあな、チャイナ娘」


そうこうしているうちに土方が神楽と定春の前方を歩いていく───。次の角で折れ曲がるときにまたチラリと振り返ってくれて、巡回ルートに戻っていった。なんとなく上機嫌の沖田も今日は素直にあとに続く。


「……!」


じわじわと上がりつづける夏の朝の気温…。
神楽はぽつりと取り残された土手の上で、まったくぜんたい何で…こんな一方的醜態をさらしてしまったのか、考えぬくことはできなかった。


(今度会ったときは、返り討ちネ!!!)



それだけを誓って。





愛の天気予報、ところによりハートのあらし









fin




2022.08.06


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