17-d SS部屋

ここは 17-d のSS置場です  
 ■ 休息特効薬    2021/8/14 01:30
ぐだ(男)×アスクレピオス
サバフェス(復刻)ネタ


【休息特効薬】


同人誌制作、……すでに何日が経ったのだろうか。
なんかもうずっと描いている気がするし、そうじゃない気もするし。
何にせよ締め切り2日前のこの徹夜地獄は何も変わらない。
なのに俺は砂浜に来ていた。
ことの経緯は簡単で、手に震えが出てきてまともに書けそうにないレベルに達して俺をジャンヌ・オルタがこの時間が押しているこの中、1時間だけという制約のもと休憩をくれた。
まともに描けないのに無理に描いて、そのあとを誰が修正をするのか、修正の手間を考えたら書かない方がマシ、とまではっきり言われてしまっては部屋を出ていくしかない。
とは言うものの、砂浜にきても俺はやることがない。
誰かと遊ぶにしては1時間は短すぎる。
仕方なく、海が見えるいい感じに設置されたベンチに腰を下ろして、海を眺める。
こんなことをしたところで脳はずっと、早く作業に戻らないと完成しない、とずっと焦っていた。
休憩を早く切り上げてホテルに戻ろうかと考えたときだった。
「マスター!」
俺を呼びながら後ろから抱き着かれた。
首にまとわりつく長い白い袖、アスクレピオスだった。
呼ばれた声に反応するようにその方を見れば、後ろから顔を覗き込むように見てくるアスクレピオスと目が合ったと同時に顔をしかめられる。
「酷い顔だな……。どうした?」
「……どうしたもこうしたも、ずっと缶詰だよ……。あー、何日寝てないっけ……、やばい」
「どういうことなのかさっぱりわからんが寝てないことだけはわかった」
アスクレピオスは何か考え事を始めたようで黙り込む。
その間、俺は眠さに負けて椅子の上で膝を立ててうずくまる。
やばい、この態勢は寝てしまう。
どんどん意識が遠のいていくのを自覚できているのに止められない。
さよなら今周、次は頑張る――。
そんな意識が消えゆこうとする中、掴まれた肩を思いっきり揺さぶられて一時的に覚醒した。
「……スター、マスター! 起きろ」
「ぅえ……っ、な、なに……?」
びっくりして顔を上げる俺の目の前に差し出された1本のドリンク。
ビンに入ったラベルのないドリンクがある、眠い頭ではそれ以上の情報を理解できなかった。
「飲め」
「……は、……なに……?」
「いいから、早く」
急かされて言われるままに白い袖が掴んでいるドリンクを受け取る。
フタを開けるも、特に変わった匂いとかはない。
アスクレピオスが隣で、早く飲め飲め、とすごく急かしてくるので何も考えず飲んでみる。
意外にも味は飲みやすかった。
ごくごくと最後まで飲み干して、一息つく。
するとじわじわとお腹の奥から日差しとは違う熱のようなものが全身に広がっていくのを感じた。
足のつま先から頭の先まで広がった頃には目もパッチリ覚めて、あの眠気と疲れは何だったのかと思うくらい全身にずっしりとのしかかっていた疲れがきれいさっぱりない。
「ふふふ、どうだ。特製ドリンクの効果は」
隣を見れば、アスクレピオスが得意げな表情をしてそう言った。
どうだ、と聞かれると、今までの疲労感は何だったのかと思うくらい身体が軽いとか、霧がかかったような頭の中のもやがきえてすっきりしたとか、快調とかそういうレベルを超えて絶好調とか、それを一言で表すなら――。
「やばい」
「……語彙力が低くなる副作用はないはずなんだが」
おかしいな、と首をかしげていた。
しかしすぐに医者モードに切り替わったらしいアスクレピオスの診察が始まる。
抵抗するととてつもなくめんどくさいので、ここは言われた通りに流されるままに行動する。
「ん、どこも異常はないようだな。経過も見たいが……、このあとも時間はあるのか?」
医療一筋それしか見えてないアスクレピオスでもさすがにこの不健康の祭典が平常運転でいくら治療してもキリがないことは気付いているらしい。
健康になったところですぐに原稿という戦場に戻って元通りなのだからさすがに気付くか。
「いや、これからジャンヌ・オルタの原稿手伝わないといけないから」
「……そうか」
だから一緒にはいられないということを伝えると、予想通り残念そうに目を伏せる。
せっかくの夏で砂浜で恋人同士が楽しめそうなシチュエーションまで用意されているというのに、いっさいそんな雰囲気がないという自体異常事態としか思えないのだが。
「……僕のマスターなのに」
口元を袖の入った手で隠しながらぼそぼそ文句を言いながら、青筋を立てている。
「それよりさ。この特製ドリンクだけど……」
一瞬で疲労回復させるサバフェスの修羅場に持ってこいなこの特製ドリンクについて尋ねると、アスクレピオスは俺の言葉を遮って言い終える前に答えた。
「ああ、それか。最初はあまりにも似たような患者ばかりで嫌気がさしてきて、何本か試作品を試していたら瞬く間にこのドリンクの話が広まったようで患者が殺到してな。医務室前が大混雑してパニックが起こったから配るのを中止させられたんだ」
そのドリンクはそのときの1本だ、と説明してくれた。
そんなことがあったとは知らなかった。
実際これが何本もあれば無限に頑張れてしまえるのだから、殺到するのもわかる。
「そっかぁ。じゃあ、もうもらえないんだね」
「マスターはこの特製ドリンクがあった方がいいのか?」
「そうだね。毎日飲み続けるためじゃなくてサバフェスを終えるまでの期間だけあればすごく助かるだろうね」
それを聞いたアスクレピオスはなにやら考えだした。
できるならもっとこのドリンクが欲しかったのだがもう禁止されているならどうしようもない。
さて、もう休憩は十分とれた。
また修羅場の続きだ。
「じゃあ俺は戻るよ。十分休んだし」
「もう行くのか?」
「うん。ドリンクありがとね、もうしばらく頑張れるよ」
本当はもっと一緒にいたかったけど、まだこの特異点は解決していない。
解決するためには同人誌を作らなければならない、――というのを考えるとその因果に対して若干頭痛がしてくるが深く考えてはダメだ。
今は修羅場のことだけを考えよう。
アスクレピオスに別れを告げて、俺はホテルという名の戦場へと戻っていった。


‐ ‐ ‐


その日の夜。
修羅場に夜も昼も関係ない。
締め切りが近いこともあってみんな目の前の原稿に一心不乱だった。
そんなとき、部屋の呼び鈴が鳴る。
手を動かすことの方が優先だった俺には応える時間などない。
代わりにマシュが来客に応えるため、少し席を外した。
この間の時など特に来客について考えることなどなかった。
すぐに戻ってきたか、それともそれなりの時間が経っていたのかはわからないけど、マシュは戻ってきた。
謎の大きな袋を抱えて。
誰が最初に言ったかすら定かではないが、マシュの持つ謎の袋を指摘したことでようやくその場にいた全員の意識がマシュに向いた。
「餞別だそうで、無理矢理押し付けられまして……」
困惑しながら答えるマシュの持つ袋の中身をジャンヌ・オルタが覗き込む。
ジャンヌ・オルタの胡乱だった目は段々と見開かれ、袋の中に手を突っ込んだかと思えば中に入っていたものを1つ取り出して見せた。
「やっぱり! これ、配布開始とともに中止になったっていう幻の栄養ドリンクじゃない!」
その反応にみんな何それ何それと口々にジャンヌ・オルタに詳細を求めていた。
ジャンヌ・オルタの説明を聞いてるうちに俺は、そんなドリンクどこかで聞いたような、と思い出していた。
「マシュ、それ誰からもらったの?」
みんながジャンヌ・オルタから噂の内容からその真偽と騒動の話を聞いているとき、俺はふと気になってマシュに尋ねてみた。
というかそんな噂あったことすら初めて知った。
「ああ! すみません、言ってなかったですか? アスクレピオスさんからです」
「マジか」
だとすればこのドリンクは本物だな、と確信した。
ジャンヌ・オルタの話が終わって、今目の前にあるドリンクの存在に半信半疑のみんなに俺は製造者自ら持ってきたことを説明するも、今度はドリンクの存在が認識できても効果について疑い始める。
しかし、最初から疑いなど持っていなかったジャンヌ・オルタが開けて飲んだことをきっかけに、みんなも半信半疑ながらも飲んでみる。
するとみるみるうちに疲労が完全回復した面々は信じられないとという面持ちと、チートすぎるだろ、と口々に驚きの声を上げた。
「さぁ! ラストスパート頑張るわよ!」
ジャンヌ・オルタの宣言を合図に最後の仕上げへと取り掛かる。

そうして、この夏を越えられたのだった。



書き始めたときは季節外れだったけど、結果的に季節ぴったりになった


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