17-d SS部屋

ここは 17-d のSS置場です  
 ■ 希求ソレイユ    2021/2/2 01:35
ぐだ(男)&羊(アポロン)


【希求ソレイユ】


カルデアの廊下に設置されているベンチの上で俺はごろごろ転がっていると、目の前をパリスが駆けていった。
こちらのことは一瞥もくれず、ただ真っ直ぐ見つめて息を切らしながら去っていく。
その時、パリスの体に引っ付いていた1匹の羊が廊下に落ちた。
しかし、落ちたことに気付くことなくパリスはあっという間に姿が見えなくなってしまった。
落下した羊は丁度こちらの方を向いていて、心なしか「パリスのもとへ運べ」と訴えかけているように思うが、俺は無視することにした。
廊下のど真ん中だ、誰かに蹴られるかもしれないが知ったことではない。
知ったことではないが、寝ようにも目を閉じてもどうも目線が気になって仕方ない。
目を開けば廊下に落下したままの羊が見つめたまま動かないし、視線がちくちく刺さって気分がいいとはとても言い難い。
仕方なく体を起こしてベンチに座る。
相変わらず微動だにせず、横たわる羊がそこにいた。
動けるのを知っている身としてはなんという怠惰、なんという傲慢、そういう感想しかない。
ベンチから立ち上がって、誰かに蹴飛ばされる前に羊をベンチに置いて俺はまた座り直す。
視線が「なぜ運ばない」と訴えかけてはいるが無視、このまま枕にしてやってもいいと思ったが、俺はふと思い出す。
「そういえばアポロンとーちゃんに聞きたいんだけどさ」
そう言うと、羊がのそりと微かに動いた。
心の中で、こいつ動いてくれるのか!とちょっと気持ちが込み上げてくる。
はやる気持ちを押さえて俺は言葉を続ける。
最初に前置きとして、現在ギリシャ神話について勉強中であることを軽く前置きし、本題に入る。
「前々から気になってたんだけど、アスクレピオスが殺された理由は死者の蘇生ができる蘇生薬の生成による冥界神の領域を犯したことだけど、俺はその後のことが気になったんだ。サーヴァントになった後もこうして蘇生薬の再現を悲願として掲げているなら、神として祀られたあとなぜ蘇生薬を使わなかったのか……」
そもそもが使えないにしても、今の性格をこれでもかと見せつけられている以上、あの性格が死んで直るものではないというのは十分根拠となる。
ならば、なぜ神になった後も蘇生薬の探求を続けなかったのか、とふと疑問に思ったのだ。
といっても気になって気になって夜も眠れないというほどのものでもないので、本人を前にしてもそのときは忘れていることが多く、答えがなくても俺は気にしない。
「――それは」
シーンと静まり返った廊下に俺以外の声が響き、目を見開く。
まさか返事がくると思ってなかったというのもあるし、たぶんこっちに関心はないだろうな、という諦めもあったからだ。
このままぬいぐるみを貫くと思っていただけに驚きは隠せない。
「作らないように監視していたんだ。また死なれたら困るからね」
「…………………………」
なかなか理由が重かった。
これは気軽に聞いていいことだったのか、と今になってちょっと後悔し始めていた。
今までの自分の行いを思い返して、いろいろ死線に『接触』しているのではないか、つまりは自分の指揮の下手さにうっかり戦闘で霊基消滅は何回かやらかしている、というか俺に過失がなくても異聞帯で一度戦闘で消失させた。
アポロンと名乗る羊の言葉にどう返すべきかと考えあぐねていると、さらに言葉が続く。
「でも、ここにいるあの子は私が愛する我が子じゃない」
「……? それは、どういう……」
どういう意味なのか、とちょっとここで考える。
まず、思い出すのは神話の出来事。
生前のアスクレピオスがアポロンと接触の話はほぼ見なかった。
可能性としてあるかもしれない、というのはアルゴー船での冒険時にアポロンの加護もあったとかなんとかというのもあったので、そこだけは会ったかもしれない程度の予想だ。
つまりは誕生してケイローンに預けたその瞬間から、見守りはしてたにせよ、死ぬまで会うことがなかったとなるなら、……生まれてから死ぬまでの最初と最後だけの接触だけというのを前提に考えれば、監視しているというさきほどの発言をもとに考えるとアポロンは神になってからのアスクレピオスと一緒にいる時間の方が長いと思う。
生前と神になった後を別々であるとわけるというのを前提に考えるなら、結論は一つだ。
「一応『神霊は呼べない』ということに英霊はなってますんで」
アポロンがいうアスクレピオスは神霊の方だ。
カルデアにいるサーヴァントに神霊がいないわけではないが、それは例外処置された状態で来ていて本来の神霊としての力は振るえない。
サーヴァントはやはり本来の姿とは違うものだろう。
「あの子ではないというのはわかってはいる。だが、監視しているのが疎まれているというのは自覚はあるが、やっと最近態度が柔らかくなってきてたのに……」
監視がいつから始まったのか知らないが、それでいて最近ってどれだけ……、と思ったが、きっと神と人間では時間間隔が違うのだろう。
深く気にしてはいけない。
このカルデアにいるサーヴァントのアスクレピオスはアポロンのことを一目見てわかるレベルで毛嫌いしている。
アポロンレベルで最近ようやく距離が縮まってきたと思えば、ゼロどころか振り切れたマイナスの好感度。
「さぁ。英霊って結構適当なもんらしいから、クラスという型にはめられて、あることないこと全部混ぜこぜミックスで過去もなければ未来もないいろいろ削ぎ落したり、付け足したりしたものをサーヴァントと呼ぶんで『本人』らしい記憶を持っていても厳密には『本人』じゃないですから」
仮定するに、アスクレピオスがサーヴァントとして召還できるのは生前の状態のみであるが、神霊のアスクレピオスもアスクレピオスには変わりないので、その辺は記憶は共通扱いになっているのだろう。
さっき生前と神になった後を別々と考えた推論の上からさらに仮説を立てると、生前と神になった後で決定的に違うのは今回はアポロンの接触に焦点を当てると、生前は接触がほとんどないのだから毛嫌いされる理由がほとんどないはずなのに、生前で召還されているはずのアスクレピオスからものすごく毛嫌いされているという理由が『サーヴァントだから』ですべて片付いてしまう事態になっているという話だ。
姿は生前でありながら神霊アスクレピオスの記憶も引き継いで、その引き継いでる記憶がよりにもよって一番アポロンを毛嫌いしている時期なのかもしくは強調された状態であるのも『サーヴァントだから』としかいいようがない。
第二の人生をサーヴァントとして送る、なんていうサーヴァントもいるけれど、すべてがゼロから始まるのではないというのを痛感させられる。
「ところで、カルデアのマスター」
「なに? 俺はもう寝るんでパリスくんのもとには運びませんよ」
「英霊にはリリィという概念があるそうだな?」
「……うん? うん、まぁ、うん」
何か引っかかりを感じたが、素直にうなずく。
「少年時代の頃のあの子を召還できないか?」
さっきしていた話の内容の高低差の変わりように、ちょっとついていけない。
神ってこんなに気持ちを簡単に切り替えできるの?
「えっ、……あ、いや、でも、ほら! 縁結ばないと無理ですし、出会ったことないんで無理ですねー、俺も会いたかったけど、いやー、残念だなー。出会いとかこればっかりは天に任せるしないですねー」
この羊、こっちが油断していると急に欲望全開にしてきた。
これはもうさっさと話を切り上げた方がいい。
壁に投げつけて黙らせるくらいしてでもこの話は終わらせた方がいい、そんな風に思っているにも関わらず、羊は俺の意にまったく介することなくことはなかった。
「それなら任せろ、年代も座標もばっちりだ。行こう、いますぐ行こう! 善は急げという言葉がカルデアのマスターの生まれた国にはあるんだろう?」
「いや、まったく善じゃないんで! 俺はここで失礼します!」
こうなるとこのベンチという寝床を放棄するしか選択肢がない。
即座にベンチから距離を取って廊下を全力疾走した。
引き止める声が聞こえたが、俺は振り返ることすらしなかった。

このあと何日にも渡って執着されることになるのだが、レイシフトする気がないとわかるやいなや特異点を生み出して嫌でも指定した年代と場所に向かわせられることになるのだが、それはもうしばらく後の話だ。



心配性とーちゃんとの話

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