※少しクラティ風味
この傷が癒えないのならいっそのこと、この痛みごと生きていこう。どうか、一緒に。
「クラウドー!」
風に煽られた花弁に紛れて、自分を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げれば遠くで大きく弧を描くように手を振る少女がいて、彼女は俺と目が合うと手をぴたりと止めて微笑んだ。
「どうした、エアリス」
「ううん、べつに。ただ呼んでみただけでした。ふふ」
「何だそれ」
さくさくと草を踏む音と彼女が近付く。笑いながら距離を詰める彼女を見ながら俺は呆れたように小さく笑った。
心地いい風とそれに紛れた彼女の声が頬に当たる。視界には青い空が瞳に収まり切らないほどに広がっていて、絵に描いたように幸せだなと思った。
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とす、肩に重みが掛かって目が覚めた。少しの間夢と現実との狭間で戸惑っていた俺は、キンと冴えていく脳を感じながら、ああ寝ていたのかと気付く。
青い空が広がっている。景色は変わらないけれど、背中を預けた樹木の冷えが夢とは違うことを感じさせた。
「……ティファ?」
肩に感じた重みの正体に気付いて俺は思わず声を掛けた。1人木陰で休んでいたはずの自分に寄り添うようにして幼なじみが座っている。
しかしどうやら俺に釣られてしまったのか彼女は寝てしまっているようで、声を掛けても返事は無かった。
そよそよと風が吹き、頭上で葉が互いに擦れて音を立てた。
自分の腕にはその葉の影が映り込んでいて、風が吹くたび揺れるそれを俺はただぼんやり見ていた。
馬鹿みたいだ、と思う。
風に紛れてあの日の彼女の声が聞こえてきそうだ、なんて思うのだから。
「………はは、」
じわじわと込み上げる自分の弱さと非力さに苛立って俺はガリ、と土を掻いた。爪に入った土がやけに湿っぽくて、何だかとても嫌な気持ちになった。
失ったものはとてつもなく大きく、残されたものはあまりに少ない。時間も想い出も、なんて小さい。
あの日「クラウド」と笑って手を振ってくれた少女は、もう、何処にも居ない。
ごつりと後頭部を樹木に預けると背中を幹の冷えがつうと伝い、土から立ち上る冷気が忽ち身体を冷やしていく。
溢れ出す感情に切なさが込み上げて、喉から小さく苦笑が漏れた。
「んん………」
ふと聞こえた声に首を回せば、すうすうと自分の肩で寝息を立てるティファの姿があって、ああそう言えばここにティファがいたんだな、なんて少し思った。
いつだって気付けば彼女がいる。そんな経験は今に始まったことではなくて、もう随分彼女に助けられてきたような気がする。何か言葉を交わすというわけでもなくて、ただそこに居るだけで得られる安心感。それはもう家族と言ってもいいような感覚だった。
(彼女を、どうにか守っていきたい。大事な人を、今度こそ)
そう思って俺ははっとした。
大切な人をこれ以上失いたくないと、そう思ったことを不意に思い出す。
ティファとマリンと、そしてデンゼル。
手に入れた小さな幸せを、もう手放したくはない。だから生きていきたいと思ったんだ。
そう人の生きる理由なんてきっとそんなもので事足りる。
それを教えてくれたのは彼女と、そして小さな家族たちだった。
隣ですうすうと規則的な寝息を立てる彼女がやけに愛しく感じて、俺は優しく髪を撫でた。
この傷が癒えないのならいっそのこと、この痛みごと生きていこう。
同じ痛みを抱える、貴女と。
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:痛み分け
111020
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